2016年11月30日 (水)

岡山城&後楽園

昨夜から雨、時に激しく降る。

春はモット酷い降りの中、葛城古道を歩いた。今日は3日目だし気温も低いのでホテルでゆっくりしているうちに腹が減ってきた。ホテルの朝食を摂ることにした。バイキングで割安だった。

10時半頃宿を出て路面電車で城下まで行く。ICカードの接触面にsuicaを付けたらピッっと言ったので安心していたらsuicaは使えませんとアナウンスが有った。

運賃は100円とのことで小銭は間に合った。

一桁の温度で雨の中岡山城に行く。中々大きくて立派な城だ。太平洋戦争中に空襲で焼けたのが残念だ。

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各階の展示の説明をゆっくり読んで時間をつぶしたが頭には入っていない。
江戸時代になると姫路城を作った池田輝政の次男忠継が城主となる。次いで忠雄(ただかつ)が継承する。次の代になると姫路から鳥取に国替えになっていた池田光政(輝政の孫)が城主となる。忠雄の子の光仲は鳥取城主となる。親戚とはいえ互いの国替えは大変だったろう。

姫路城主の2代目は利隆で岡山城主池田の初代忠継の兄で後見人。その子が光政。利隆は光政誕生に感謝して吉備津彦神社に子安神社を寄進した。

橋を渡り後楽園へ行くが外周を半周して正門から入る。時間を消費するのに懸命だ。

三大公園の内、兼六園は行ったが偕楽園は行ったことは無い。広大な庭園を一目で見渡せる造りの後楽園は素晴らしいと思う。
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一昨日吉備津神社で道を聞き長い回廊を話をしながら歩いた夫人が後楽園は行ってくださいと勧めてくれただけのことはある。

長く園に滞在するため抹茶と黍団子などを頂く。
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日傘の置物も風情を添える。
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更に東屋で無駄話などして時間を過ごし遅い昼飯とろうと名所を後にした。せかせか歩く旅も一か所でゆっくりするのも悪くないと思った。

観光案内で聞いた名店を探したが時間外で駅の地下での昼食となった。

土産なんてと思っているが妻は必ず甘いものを買う。長い間に慣らされて小生にも朝食後の楽しみになりつつある。10kg以上の減量を三度も経験した小生には困った習慣だ。

帰りが16時49分の新幹線と早かったので上手く時間を過ごせて良かった。

2016年11月29日 (火)

吉備 国分寺コース&備中松山城

今夜から雨の予報で明日は一日中降る。となると予定をタクシーを使って時間を短縮し明日の分を消化しようかと思う。

孝謙天皇は譲位していたが天皇家の血筋にない一僧侶の道鏡を天皇にしようとする事件がありこれに反旗を翻した藤原仲麻呂が総理大臣兼防衛大臣の立場で負ける戦でないのに敗れたのは天皇側の吉備真備の戦略よる。孝謙天皇は重祚し称徳天皇となる。朝廷も大混乱だが宇佐神宮から皇位継承の御託宣を全権大使とし運んだのが和気清麻呂だ。称徳天皇が病没し一件落着したが和気は吉備の一地区の名で清麻呂はここの出身だ。重大なところで活躍した吉備の人々だ。

8時37分の桃太郎線に乗る。できれば12時ごろまでに東総社駅に行きたい。好天の下遺跡を見ながらのんびりと歩きたい。

備中高松から歩くが造山古墳まではタクシーとする。3kmで約一時間の短縮と大まかに思う。

全国4位の大きさというがこれだけの物を人力で作った古代人は凄い。

古墳後円に向かう。
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古墳上から高松城址方面を望む。
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古墳前方部にある現役の荒神様
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陪塚 小型の古墳が並ぶ。
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サイクリングコースを自転車を気にせず歩く。枯葉の焚火煙があちこちで上がる。懐かしい風景だ。
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偶にサイクリング者や散歩の人が通る。
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国分尼寺跡この先に蝙蝠塚古墳の標識がある。

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蝙蝠塚古墳は仁徳天皇の愛妾で吉備の美女黒姫の墓という説もある。
貴重品が多数出土した為そう言われる。
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林を抜けると突如五重塔が現れる。絶景かな!国分寺。国分寺の中の茶屋で総社宮までどのくらい掛かりますか?と聞くと歩けない距離ではないが自転車のほうが良いのではと言われた。造山古墳から9kmの予定で歩いている。此処の1kmは江戸川の1kmの五割増の気がする。
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作山古墳は全国九位と巨大だ。造山古墳は木は少なかったがこちらは里山状態だ。
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この辺から何回も道を聞きながら歩く。古墳の登り口。散歩の途中花摘みをしてきたという主婦が500m伴歩してくれ総社宮までの一本道に出られた。
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総社宮 新任の国司が赴任すると先ず領内の神社をすべて回るのが初仕事という。それを簡略するため総社を作り、つまりすべての神社を祭る総社を作りお参りすればすべてを参拝したことになるとした。毎月朔日に総社で祭りをすると全ての各神社で祭りをしたことになる。此処の総社は国中の304社を祭る。総社は総社市だけでなく全国にある。

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総社宮本殿 12時5分の到着。
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くたくただが明日雨なら備中松山城にぜひ行かなければと気合を入れなおす。東総社駅に出たが適当な電車がないので総社までタクシーにする。

総社からは伯備線が20分間隔にあり12時47分高梁行きに乗れた。高梁からもタクシーで「ふいご峠」まで行く。そこから天守まで700mとあるがこれが急坂で堪えた。登りも下りも昨日吉備津彦神社でお借りし使用し続けてきた竹の杖が役立ち感謝一杯だ。
天然の岩も石垣とした備中松山城。十二ある現存天守の一つだ。どの部分が大河ドラマ真田丸で使われているかわからない。
意識して回ったわけではないが十城目だ。
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狭間 
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天守が見えてきた。
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天守閣
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天守の裏側。
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天守の後ろに二重櫓がある。岩盤と石垣の上に立つ堅固な城だ。山の中腹に高梁高校がありそこに本丸御殿があった。日常の仕事は本丸御殿であり城に武士はあまり居なかった。
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天守の神棚。
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天守から外を望む。
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木造の建物は暖かさと安心感を与えてくれた。

帰りはシャトルバスと乗り合いバスで十分の一の値段で済んだのはうれしい。
時は4時を過ぎ暗くなってきた。疲れもあり其の儘岡山に戻ろうとしたが総社まで来たとき桃太郎線に乗り換え備前一宮に行き杖を吉備津彦神社に返さなければと決断し乗り換えた。

備前一宮駅から7,8分の吉備津彦神社に杖をお返しできた。神様に不義理をしないで済んでホットした。
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明日は一日雨だがどうしよう。

2016年11月28日 (月)

吉備の中山を歩く。

欽明天皇の孫で皇極天皇の母、天智天皇の祖母は吉備姫王という。吉備との関係は解らないと言う。飛鳥に吉備の地名もあり吉備国との繋がりは有るはずだ。

吉備の資料を新橋のアンテナショップでもらい吉備中山とサイクリングコースの国分寺コースそして備中松山城を歩くことにした。

肥沃な平野で穀高も豊富で塩の生産と鉄器を製造し強力な国家だった。大和朝廷が豪族の連合隊だったのに比して強力な単独国家だった。

朝廷側の記紀の記述が残るだけだが第七代孝霊天皇の皇子の吉備津彦命が第十代崇神天皇の四道将軍の一人で西街道を治めた。桃太郎のおとぎ話は温羅伝説を易しく説いたものだ。鬼や温羅が原住民で桃太郎は吉備津彦命で大和朝廷なのだろう。吉備の古代人には悲劇だ。

応神天皇の后は吉備の兄媛という人で天皇が吉備に行幸の折、兄媛の兄の御友別一家が精一杯の膳夫をし応神天皇が感激し吉備を御友別親子に分け与えたとある。

仁徳天皇の時代吉備は大虬(みずち)に苦しめられていたが大和朝廷が徹底的に退治した。しぶとく生き残った二匹の大虬がいつまでも抵抗した。良くある住民の抵抗の例え話だ。

造山古墳があり全国四位の大きさで大和朝廷が作りその威力を誇示し続けた証拠だという。あれだけの盛土をするのは相当の権力者だ。

律令制の完成とともに国造や屯倉の配置で監視を厳しくし大和朝廷の力が勝っていった。姻戚関係にあった葛城家の没落と一族の朝鮮出兵命令が重荷となり徐々に力を落とした。

岡山に十時十八分につきコインロッカーに余分な荷物を入れ四十八分の吉備線に乗り三つ先の備前一宮に行く。吉備は備前、備中、備後、美作その他に分割されたがそれぞれの地方に一宮が作られたが備前一宮が吉備津彦神社で各地の一宮は吉備津彦命を祭神とする。
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右の杉の大木が平安杉と言われる御神木だ。昭和5年火災で左半分が焼けてしまったが手入れのおかげで残り右側に緑が健在。
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日本一の石灯籠
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岡山城城主後見人池田利隆が子宝祈願をし実を結び左に見える朱色の子安神社を寄進した。
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吉備津彦神社本殿
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神社の裏山が中山という神奈備山の入り口になる。その最も神聖なものが三輪山だ。
神様が鎮座する特定の神奈備山が決められていた。神様が鎮座する場所は神奈備山中の神籬、磐座、森林、滝等だ。

左手前に登山口があり竹の杖を置いてあり借りたが返却で苦労する。
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鹿ケ谷の謀議に加わり流された藤原成親の供養塔。
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この横から落ち葉の積もった結構な斜面の坂が続く。
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竜王山に元宮磐座があるが宮の字の入った石道標。
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元宮磐座 家内安全、健康で過ごせますよう、五穀豊穣、良い鉄ができますよう大事な祈願をしたのだろう。
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八大竜王
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経塚
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竜王山から児島湾を望む。海外交易や筑紫への航路で早くから見張りがあった。吉備の都があった足守まで水路が入り組んでいた。
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次々と磐座が現れ神聖な気持ちになる。木漏れ陽に演出された道を進。
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お休み岩 神奈備山で食事は気が引けたがしめ縄のはずれたところで何時ものようにコンビニのお握りを食す。
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環状岩 磐座が環状になる。
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大坊の足跡(大男の坊さんの足跡)
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八畳岩古墳
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鏡岩 大きな磐座が並んである。見える面が鏡のように滑らか。
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穴観音 後ろは中山茶臼山古墳の頂。古墳を拝む磐座のようだ。
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吉備津彦命の陵と言われる中山茶臼山古墳。
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反対側の広場。国境石を探しぐるぐる回った。
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茶臼山古墳に職員がいたので聞いて分かった国境石、なんてことはない古墳のすぐ前にあった。「備前反対側に備中」の文字が入る。備前と備中の境界線で中山茶臼山古墳を半分に分ける。
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備中一宮の吉備津神社に長い坂を下る。滝祭神社 清水寺音羽の滝のように細い滝が落ちる。
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搦手から回廊が続く。
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独特の屋根の吉備津神社。備中一宮で吉備津彦命を祭る。備前一宮も美作一宮も吉備津彦命を祭神とする。
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吉備津彦神社から竹の杖を借りてきたが巫女さんにこちらに返してもよいか聞いたところ吉備津彦さんのものは受け取れませんとのことでどうしようか狼狽する。
尾根歩きをした中山。幹線を歩いて脇道は歩かなかったがよく歩いた。脇道は200mから300mで色々な遺跡に行けるが急坂なので自重した。
神聖な山を神聖な気持ちで歩いた。左端の吉備津彦神社から登り右端の吉備津神社に降りてきた。
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時間が早かったので沿線の備中高松に寄り清水宗治が秀吉の水攻めにあった高松城址に行く。
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「こうやぶ遺跡」宗治の家来達が互いに腹を刺し殉職した地。近くの寺の門前に清水宗治公自刃地の石碑がある。
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途中下車で杖を返しに行く気にはなれず吉備津彦命神社様には失礼をしたが明日も明後日も使わせてもらう心算だ。

2016年11月16日 (水)

飛鳥を歩く3

昨日の電話で神戸に住む長女が急遽散歩に付き合うことになった。

大和西大寺で9時43分に待ち合わせする。神戸からの電車が2番線到着で橿原神宮前行は1番線発なので都合がよい。9時49分発の急行で橿原神宮前に到着すると5分後に発車する吉野行きで飛鳥に行けた。ラッキーだ。

今日は娘のスマホを頼りに地図は見ないで済み時間も短縮できるだろう。

観光資料の多い方と反対側に岩屋山古墳がある。岩が方形に成型された古墳だ。
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踏切を渡り返し行き先を娘に指示し、言う通りに歩くと欽明天皇陵と隣の吉備姫王陵に着く。この近辺からは石像が幾つも見つかっている。

欽明天皇陵
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吉備姫王陵 皇極天皇=斉明天皇、孝徳天皇の母だ。
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陵内の石像
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好天の下迷いなく歩は進む。女同士は良くしゃべる。高松塚古墳到着。

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壁画館を探すが解らず文武天皇陵に出る。丘の上で斜面はミカン畑、柿畑段々畑と懐かしい景色だ。戻りで檜前寺の標識を見る。キトラ古墳の帰り路に寄る計画なので「へぇ~ここからも行けるのだ」との感慨だ。
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古墳の麓の壁画館はハイキング客で満員だった。美しい色彩の美人図が素晴らしい。
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案内本には中尾山古墳を通り越した方が次に近道になると書いてあるというのでその方向に歩いたが標識は一本もない。
中尾山古墳 小さく八角形をしている。文武天皇は火葬されたと言い小型で八角形は珍しいので天皇の墓かも知れないと言われている。
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道は自動車道に出、右手に天武天皇陵が望める。天武天皇陵の尾根続きの鬼の雪隠、鬼の俎は通り越したことになった。

天武天皇、持統天皇陵。持統天皇は火葬され夫婦一緒に埋葬されている。乙己の乱、壬申の乱と動乱を経て古事記、日本書紀と天皇家の由来をまとめた天皇様達だ。
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好天の好季節なのでハイカーが多い。
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亀石に行く。川原寺の境の石という。昨日の道と繋がると分かり馴染みを憶え嬉しくなった。
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いったんバスで駅に戻りキトラ古墳に行く。
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古墳の壁画が損なわれないようファイバースコープで観察したという。こんな風だった。天上の星座と東西南北の四神が美しい。石室内部の模型。
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朱雀図  四神の東西南北に中央を加え五行説とし実際に投薬に応用した。
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白虎図
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玄武図
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青龍図は劣化が激しいので省略する。

倭漢人と言われる渡来人の複数の民族をまとめていた阿智使主(あちのおみ)を祭った神社で於美阿志神社、昔はこの地方の名を取った檜隈寺があった。韓国から渡来した人々が標高の高い処にまとまって住んでいた。U字型鉄器や優れた土木工事で高所でも稲作ができるようになった。
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当時から柱と柱の間に竹を交差し泥を貼り壁を作る技術を持っていた。現在も漆喰の白壁の家が多い。
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近鉄奈良駅の近くで長女と夕食をする、女どもは一日中しゃべくっていたが気分転換になったらしく上機嫌で帰って行った。

2016年11月15日 (火)

飛鳥を歩く2

飛鳥時代118年間で推古天皇、皇極天皇=斉明天皇(重祚)、持統天皇と元明天皇と四人五代の女帝が即位している。女性も皇位継承を出来、譲位も行わている。

蘇我稲目の二人の娘は欽明天皇に嫁いでいる。蛇足だが長子は馬子。

姉の小姉君は崇峻天皇と穴穂部間人皇女を産んでいる。
妹の堅塩姫(きたしひめ)は用明天皇と推古天皇を産んでいる。
異母兄妹同士の用明天皇と穴穂部間人皇女の結婚で聖徳太子が産まれている。遺伝的に問題が無くて良い結果で良かった。

稲目は吉備の国の東西に屯倉を運営し吉備の力を徐々に削ぎ朝廷の信用を得る。蘇我氏は権力を握り、天皇家と姻戚関係となり益々強力となる。

今日は亀形石造物、酒船石、飛鳥板葺宮、飛鳥京苑池、岡寺、石舞台、橘寺と川原寺に行き時間と足に余裕が有ったら稲渕に行こうと予定した。良い天気で気持ちが良い。

亀形石造物。湧水が絶え間なく出るように地面を掘り、盛り土をして膨大な石垣を積んだ建造物だ。用途は不明だ。
地下に湧水口があり狭い石室に水がたまり上昇する。木樋を通り小判型容器に伝え亀の口に伝える。
亀は北を守る聖獣。甲羅は現存しないが天を表し中心に天皇様を敬った。円天方地、天は丸く陽気の多い聖なるもの地面は四角い陰なるもの。亀は四つ足を踏ん張り天を支えるというボランティアの説明を尤もと聞いた。右側の崖も石積みだったという。天理砂岩といい石上神社近くからモッコや舟運で運んだと気の遠くなる話だ。

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右の道を登ると酒船石がありこれも使途不明とのこと。養老の滝伝説の様に甘露の湧水が存在したのではの説もあるという。

この場所は多武峰の一部で両槻宮(天宮)の有った所という。
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坂を下ると田園風景が続く。多くの遺跡がうずもれた都跡を直前に読んで得たわずかの知識を下に想像するのも楽しい。右奥は耳成山。

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飛鳥板葺宮跡にでる。蘇我入鹿が中大兄王子と鎌足に討たれたところ。後に天武天皇が飛鳥浄御原宮を開いたところ。
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写真右奥に飛鳥京苑池を訪ね岡寺に向かう。飛鳥時代末期から続く古刹だ。正式には龍蓋寺という。参道は長くしかも坂が続く。
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石舞台に向かう。途中商店が点在するただ一つの街にでた。立派な薬局が有ったので一枚。
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石舞台。蘇我馬子の方墳が土が亡くなり大きな岩がむき出しになる。蘇我氏は当時朝鮮半島から渡来した先進の人々の元締めをしていて進んだ文化を吸収し勢力を増していった。
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一時間を掛けより山間部の稲渕に行く予定だが足が痛いというので広場で昼食とし様子を見た。

稲渕には中大兄皇子と中臣鎌足が指導を受けた倭漢人の南淵請安の墓がある。棚田と民家の白壁が美しいというが断念した。

橘寺天武天皇の時には建立されていたが現在の建物は江戸時代のもの。聖徳太子が産まれたところというが?という。馬は厩戸王子の愛馬。
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二面石 善面と悪面を表す石造物。石造物が多数発掘された吉備姫王墓の近くで発掘されたと考えられる。
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近くに川原寺跡がある。飛鳥の四大寺の一つだった。手前の土台跡がそう。
中金堂跡に弘福寺が建つ。
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橿原神宮前から西大寺経由で近鉄奈良に帰るのでここらで打ち止めとする。

2016年11月14日 (月)

飛鳥を歩く1

葛城から飛鳥地方を眺め次は飛鳥を歩こうと思っていた。

今回も十分な準備ができないまま出かけた。去年は江戸川の土手を上り下りし脚力を鍛えてから出かけたので予定通り歩けたが今年はトレーニングなしなので計画は内輪にした。

雨と寒さが心配だが今回は天候は恵まれそうだ。

飛鳥は大和盆地や葛城が早く開けたのに比べ湿地と河岸台丘の為灌漑に技術が必要で開発は幾分遅れた。倭漢人という渡来人の土木技術で稲作が可能となり又、代々の宮廷が飛鳥を離れず渡来した仏教の寺院が多数建立され、随分繫栄した。今は情緒のある農村だ。

好天の下、12時過ぎから歩き始めた。予定は豊浦、甘樫丘、水落遺跡、飛鳥寺飛鳥坐神社、小原、飛鳥資料館、山田寺を歩く。

豊浦寺跡は推古天皇の宮廷跡で向原寺となっている。
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推古天皇は後近くの小墾田に遷宮している。聖徳太子と伴に冠位十二階、十七条憲法を定め律令政治の基礎を作る。遣隋使で学び、その上毎年50人に余る官吏が隋から渡来し体制を整えた。

小墾田宮跡
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甘樫坐神社 貫禄のある社だ。向原寺のすぐ裏で地区一帯で地下から豊浦宮の遺跡が見つかっている。
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案内板が安心して歩ませてくれる。
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蘇我蝦夷が丘の上に入鹿が麓に堅固な要塞のような邸宅を作り栄耀栄華を誇った。大きな武器庫と守備隊がいた。
展望台から畝傍山。耳成山と香久山を望む。一望でき天下を取った気になる。
左から畝傍山、やや右は耳成山、右端は香久山。畝傍山の奥は二上山
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水落遺跡を訪ねる。漏刻が作られたところだ。一階に水時計が有り、2階に時を知らせる鐘が有った。堀立の大柱が造られている。

小生が読んでいた本には次の記述がある。 脈有三部尺寸及関栄衛流行不失衡銓腎沈心洪肺浮肝弦此自経常不失銖分出入昇降漏刻周旋水下二刻一周循環当復寸口虚実見焉。
水が下ること二刻で血液(気血)が一周循環し虚実を現す。二十四時間を百刻に分けた二刻だから二十八、八分で体を一回りすると書いてあるのを漏刻で思い出した。
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多くの渡来人が住んでおり、司馬達等は欽明天皇が許可する前から仏像を安置し仏教を信仰していた。物部も容認していた。権力争いで蘇我と物部が争い蘇我が勝ち仏教を受け入れた。飛鳥寺の大伽藍を建立した。こじんまりとした飛鳥寺が現存するが飛鳥大仏は当時のそのまま残る。
手前の五輪塔は入鹿の首塚と飛鳥寺。
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司馬達等の孫「鞍作の止利」の作った飛鳥大仏。
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聖徳太子十六歳の像 太子は晩年は蘇我氏の横暴に斑鳩に移り仏教を説いた。太子経として残る。
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飛鳥坐神社に歩く。金の注連縄を張ってある。
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横の坂道を上ると小原と言い藤原鎌足の出身地だ。
鎌足生誕の地に大原神社が建つ。昔大原と言い現在は小原という。
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飛鳥資料館を目指し山田寺の塀の実物大の模型を見る。山田寺は蘇我石川麻呂が建立した寺。石川麻呂は大化の改新(乙己の乱)で天智天皇に味方し大化の改新を成就するが後、天智天皇に山田寺建立中に討たれる。
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山田寺跡
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石川麻呂の娘が天智天皇と結婚し皇女が天武天皇と結ばれ持統天皇となる。

山田寺の本尊の薬師如来は興福寺の僧兵に1187年に持ち去られ1411年火事で焼失したが仏頭だけが残り、行方不明だっただが1937年に興福寺東金堂の仏像の台座から526年ぶりに発見された。3年前上野でその仏頭が展示されたときに見た。ふくよかな感動ものだった。

日が暮れてきたので今日はおしまい。

2016年11月 3日 (木)

2016入間ブルーインパルス。

昼食後待ちに待ったブルーインパルスの飛行だ。T-4機だが先ほどの機体とは違うブルーインパルス仕様機だ。

青空に映え綺麗だ。離陸直後、脚が収納されていない。

フェンス際なので前回の場所より近くを飛びAFが付いていけない。ファインダーに捉えるのも難しい。

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脚を収め急上昇。
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☆を描いたがその時は脚を出した。
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右は背面飛行。
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背面でローリングしている。
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回転しながら急上昇。

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数々の曲芸飛行の後にいま日本の空を守っているF-15J機が前線の基地に帰還する。T-4の数倍の爆音を残し凄いスピードで飛び去った。
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また来年!さようなら。
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F-2 現役の国防の国産戦闘機だ。
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入間航空ショウ

2年ぶりに入間航空ショウに誘ってもらった。

午前中雨の予報も晴れに変わり前回とは違う場所で見学をした。

駅からの道すがら見上げるとC-130が飛んでいる。米軍のマークがついている。
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狭山在住の友が新しい場所を確保してくれている。フェンス際で狭い処だが見学者は良く探して集まる。

9時50分ごろその場所に到着したのだから今飛んでいるのはT-4だ。
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C-1の編隊飛行。C-1は我が住居地でも目にする。
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パイロットの顔が見える。
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着陸、煙は風向きを見るのか?解らない。
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飛行を終わって並んで格納庫へ
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落下傘の降下 パレンバンの地名や「空の神兵」が思い浮かぶ。
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多目的機U-4
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2016年10月28日 (金)

縄張りを確認モズ。

4時だが河川敷は暗い。日が短くなった。

学生時代麻雀に明け暮れしていた時も日の長短で季節を感じたことが有った。

薄暗くなるとモズが縄張りを確認に同じ場所を巡回する。

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テリトリーに迷い込んだモズが左方に避けた。

2016年10月18日 (火)

オナガが多い。

この1,2年オナガが増えた。

カラスの仲間なので増えても当然か?

(川向こうではカケスも見られるという。)

グェ~ゲッゲと鳴くのですぐわかる。

並んで飛んで同じところに留まろうとする。先に留まった鳥はトコロテン式に押し出される。
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柳の中で戯れる。
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