2018年9月19日 (水)

ちゃんこ鍋

友綱親方が来日以来お母さんと慕っている友から相撲部屋での食事に誘われた。滅多に経験できない事なので二つ返事で参加の返事をした。

数年前1年遅れの旭天鵬関の優勝祝いをその友の仕事場であった時も呼んでもらった。今年の1月にも友綱親方との飲み会に誘ってもらったが所用で参加できなかった。

 

錦糸町北口に18時集合で待ち合わせた。総武線しか知らなかったが7月に国立演芸場に行く途中スカイツリーラインで北千住から3つ目の駅が錦糸町であることを知り早速利用した。30分で行ける。この国立演芸場は小はん師匠からの招待だった。今日のメンバーはその時の二人を含め高校入学以来60年強の付き合いだ。

友綱部屋と云えば昭和時代夜の銀座で陸奥嵐を見かけたことがあった。荒業で相手を投げ飛ばした派手な力士だったが男の色気を感じさせる力士だった。青森から中卒で入門し勝負の世界で心身を磨き肉体の特に肌の美しさと目の美しさが魅力だった。



最初は親方が隣に来てくれた。

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今日は時計係を務め帰宅したばかりで疲れたと言っていた。18時2分前に取り組みを終了できるとグッドタイミングでそうなる様に算段に気を使って疲れたということだ。部屋を独立し仕事が多く忙しいがやりがいがあり楽しいと言っていた。

稽古場に接し親方が腰かけて指導する部屋に脚を畳んだテーブルを並べ車座でちゃんこを囲む。

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鍋、スパゲティー、トンカツ、ステーキ、もつ煮込みとキムチだが老人9人は美味しいのだけど意気地がなかった。ちゃんこ鍋は特別美味しかった。力士達も同時に隣のテーブルで番付け順に食事をし終わるとファンの接待をしてくれる。

 

旭秀鵬関が隣に来てくれ真近で見ると美しい肌と涼しげな眼もとに惚れ惚れするほどだった。

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長女が相撲取りの魅力は鬢付け油の匂いだと言っていたがそれは嗅ぎ取れなかった。贅肉の無い弾力のある四肢分厚く固い足の裏、肉の着いた逞しい母指球と丈夫な体に羨望の眼を送る。左膝の靭帯を損傷し十両にいるが場所数が多く巡業も忙しく怪我を完治する暇がないと言っていた。現在も膝は痛いと言っている。TV観戦でも膝にサポーターをし痛々しい力士は多い。解説で土俵の怪我は土俵で治すと言っているからその風習が受け継がれるのだろう。完治することは無いがより良い状態を維持する方法を見出すと云う事だろう。

照ノ富士の話が出、順調だったのに稀勢の里に浴びせられ膝をやってから可哀そうですねと云ったら詳しいですねと持ち上げられた。今場所も幕下で全休とのことだ。復活を祈る。



写真を撮ったり用を足すにも胡坐からやっとの思いで立ち上がり足踏みをして足元を安定しそろそろ歩き出す老人達は転んだり手を着くと負けになる相撲には似つかわしくない団体だ。全員がそのしぐさをして動き出すのを見て小生だけが弱っているのではないと安心した。

折からのゲリラ雷雨で雨音が響いたが60年前のヒット「悲しき雨音」を思い出した。60年間誰かの号令にその都度良く集合したものだ、Rhythm of the Rain(悲しき雨音)も未だ折に触れ耳にする。

 

2018年9月 5日 (水)

偲ぶ会

昭和年代皮膚病治療は医療の隙間で薬局は勉強すれば皮膚病で評判を取れた。平成に入ると皮膚科医が街にあふれるようになった。

薬局の講習会に皮膚科の名医が講演してくださり、レベルに合わせ豊富なスライドを見せてくれながらやさしく解説してくれた。薬剤師でも懸命に勉強し豊富な治験から講師の皮膚科のドクターも認める程知識と経験を積んだ人もいた。

我々を指導してくれた薬剤師(以後先生と呼ぶ)の学んでいた「皮膚科診療の実際」という学術書を見た時に本はこんなにすり減るものかと思った。厚紙の固い表紙にクロス張りをして有るのだがクロスは薄くなりささくれ立ち良く指の当たる個所は厚紙が穿れていた。この熱中具合だ、人知れず努力をしていなければ知識知恵は生まれない。皮膚科のドクターと数年寝食を共にし基礎を学んだと聞いたことも有る。

私たちが所属した組織は当時、少数の明治生まれと大半の大正生まれが指導していたが私たちの心酔した先生は規律の基本を守ればうるさいことは言わなかった。執行部の先輩は学力よりは規律遵守を強いしっくりいかなかった。

その先生の学術に対する努力の過程で頭脳は柔軟でなければならい、万が一失敗してもリカバリーできる多様性も持たなければならない。基本は初見の確かさを一番に磨かなければならないという厳しい勉学と実践の積み重ねからくる人格が権威主義の執行部の感覚より許容範囲は広く心を開いて学べた。

程度の低い質問にも丁寧に教えてくれ偶には礼儀を失した行為にも腹を立てずに応対してくれ知らず知らずに尊敬していた。

勉強は五時迄で五時を過ぎるとドリンクタイムで滅茶苦茶飲んだ。金が足りなくなったこともしばしばあった。全力で学び全力で遊んだ時期だった。生徒の親たちは五時以降の事しか目に着かず苦々しく見ていた。

生徒たちも年齢を重ねると皮膚病薬の販売にも他の病気に対する考察でもしっかりした理論を持ち楽しく接客した。先生からは勉強はエンドレスの繰り返しだと云われながら10年もたつとそれぞれの興味に歩き出した。我々の他にも生徒は先生の学問を慕って二期生三期生と区切りを付けて増えてきた。

それに反し一期生は心ならずもそれぞれ歩みだした。多店化する者、地方議員になる者、在宅医療に打ち込む者調剤を先取りする者漢方に打ち込む者とバラバラになったが理由を作っては先生の下に集まった。私は最後まで組織の委員として先生をサポートしていた。組織の皮膚病部会を存続させるのに責任者にならなければならい状況になったが私の興味は漢方に移り古代の東洋思想に弄ばれ全力で打ち込まなければならなかった。60歳を過ぎ二股は掛けられない体力になって責任者として部会をリードすることは出来ないと断ってしまった。これが何時までも申し訳なさとして残る。

体調不良を理由に先生に断ったが先生は寂しそうだったが許してくれた。それまでも無理強いは決してなかっただけに先生の寛容さに手を合わせた。三期生が熱心に学び先生を盛り上げてくれた。ありがとう。

私は店を止め皆とは薬局のチェーンの繋がりだったので情報は少なくなり先生が90歳を過ぎる頃から音信が無くなった。連絡を取っていた仲間にも風聞も無かったようだ。

八月の下旬に突如先生が今年一月に亡くなったと連絡が入った。皮膚病の勉強は全うしなかったが夫々の方向で活躍している面々は先生の家族と連絡を取りながら礼を失しないように偲ぶ会を9月2日に開いた。皮膚病の勉強は頓挫したが教えの一つである5時からの行動計画は素早い。一部分でも教えを継続していることは良いことだ。

先生の先祖は幕府の御殿医だったと云うだけあってダンディーな品のある遺影が組織から届いて皆の脳裏に先生の姿が夫々に浮かんだ。

八方破れの様で規則は守った先生に似つかわしいように般若心経の読経をプログラムに入れるから読めと年長の議員さんから至上命令(組織の金言で絶対服従の意)があり、折に触れ仏壇で上げているお経を精一杯唱えさせてもらった。カウベルの木魚も雰囲気を高めてくれた。

先生の徳を偲び皆の人生と店に恩恵を授けてくれた御恩に話は尽きなかった。

 

2018年8月19日 (日)

素人の感想

甲子園の接戦は続く。

千葉県東代表の快進撃は続いた。2回戦のホームベース上のクロスプレイを2度刺したのは興奮した。僅かでも投球がそれればセーフとなるのをホームプレートに好返球しジャストアウトは見事だった。さらなる進軍を期待した。

1,2回戦を破竹の勢いで突破し3回戦に進んだ。県予選では背番号5を付けていたが主戦投手として活躍した大黒柱が背番号1番になって勝ち上がった。しかし十分なピッチャーの地肩になっておらず休養となったと推測する。野手だったのでテークバックが小さいが球勢が強く打ちずらいピッチャーだ。3回戦に先発した11番は良い出来で2回のサード、ファーストの何でもないゴロの処理ミスがもったいなかった。

1,2回戦の終盤11番がリリーフした時は1番がファーストに入ったのだが3回戦の先発メンバーでは背番号1番は3塁に入り甲子園で初めて守るようになった。素人の小生はやや不安に思えた。イニングの二回にサードの暴投、ファーストのジャックルが出て2点を取られ致命傷になった。
トーナメントの怖さだ。

強力打線も相手のピッチャーの右打者の外角を突くスライダーと内角の直球にてこずった。さすがに強力打線良い当たりをしたが野手の正面を衝いたのが残念だった。

友人の孫が9回2死からそれまでのフォアザチームに徹した態度を認められ代打で出場しお手本の打撃を見せた。ピッチャーの足元を抜くセンター返しのナイスバッティングだった。地に足のしっかり着いた地道な努力の結果を出せたのは俄かファンには嬉しかった。力強く成長してもらいたい。

素人のめちゃくちゃなTV観戦記で失礼が有ったらお詫びします。

2018年8月17日 (金)

木魚カウベル

去年ビッグ・バンド オブ ローグスのクリスマスコンサートで当たったカウベルを使用する時が来た。

盆となり父母を仏壇に迎えた。カウベルをどう置いたら木魚に近い音が出るかズーット研究していたが床に横たえ縦に一番膨らんだ所をたたくのが良いと分かった。ポクポクポクに近い音がする。

ポクポク 我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡 ・・・・・・・

ぽくぽく 弟子某甲 盡未来際 帰依佛 帰依法 帰依僧 

ポクポク おん ぼうじしった ぼだはだやみ

ぽくぽく かんじーざいぼーさーぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー                             しょうけんごーうんかいくどーいっさいくーやくしゃーりーしきふーいーくう・・・
はらそうぎゃーてい ぼーじそわか はんにゃーしんぎょう。

ポクポク おん あぼぎゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じん  ばら はらばりたや うん

年を経るごとに父母の恩を感じる。

声に出し斉唱するのは気持ちよい。

今年は小生より数歳年下の和尚さんが数珠を前の家に忘れ取りに行くハプニングが「命に危険をお及ぼす暑さ」のせいであったが和尚さんのお経とともに父母に感謝と子達、孫達の無病息災を念じた。

2018年8月 6日 (月)

竿灯祭見学2018年

ねぶた祭と共に是非見学してみたいと思っていた竿灯祭を引き続いて見学した。盛岡10時出発で田沢湖、角館を経由し秋田市に入った。

18時半に観覧席に入場であったが17時には会場近くに到着。1時間半後各自観覧席に着いてくださいとに自由行動になった。観覧席近くのビルの蔭で待ち晩飯の弁当も路上で食べた。交通量の激しい官庁街から駅に続く道が会場になる。18時20分交通規制が始まり中央分離帯両側に瞬く間に背の低い長テーブルがベンチとして2列ずつ4列数100mに渡り設置された。手際が良い。
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270基」を越える竿灯が参加しお客さんも世界中から見学に来るという。ねぶたと同じく七夕と灯篭流しの意をくむ祭りの様だ。ねぶたの代わりに竿灯が会場を巡回し3回場所を変え演技をする。

竿灯と伴に大太鼓と笛の囃子も賑やかに入場する。後継者になる小学生達も囃子にも担い手にも誇り高く行進する。
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ミスも愛嬌を振りまく。
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いよいよ竿灯の入場。提灯の中は本物の蝋燭。
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お囃子
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定位置に着いたら竿灯を立てる。
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子供も稽古十分の技を披露する。持つのがやっとの子も居るがこの子は腰で支える。
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眼を上げると多数の竿灯が林立している。どっこいしょどっこいしょの掛け声で平均を取り竿灯が立ち上がる。壮観だ。
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目の前では
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消えた蝋燭に火を点す。
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妙技の数々 三人が至近距離でぶつからずに竿灯を操る。
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夜空に無数に輝く提灯に祖先の霊魂を勝手に感じた。

24時過ぎに水沢に着き一泊し、翌朝10時出発で一ヶ所平泉に寄り昼、夜車中で弁当で過ごし19時40分頃帰宅した。昼夜の食事が3日間弁当の強行旅行だが感動の旅だった。

2018年8月 5日 (日)

ねぶた祭見物2018年

避暑を兼ね「ねぶた祭」に行ってきた。8時にバスで出発し青森のアスパムの駐車場に着いたのは17時半頃だ。更に終了後盛岡のビジネスホテルで泊まる強行軍だ。宿入りは24時半の予定だがそれよりは前に着いた。見学と移動の時間以外の無駄のないツアーで強行スケジュールだが楽しかった。

ねぶた祭は七夕と地方の灯篭流しの習慣が合体したものだという。灯篭に穢れを託し練り歩いた後川、海に灯篭(ねぶた)を流し無病息災を願う行事という。

駐車場から観覧席には20分位かかったが居住地に比べれば格段に涼しく会場に運ばれる巨大な人形を見ながら歩いた。

ねぶたの薄暮からの見え具合。鍾馗像の例。
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段々鮮やかになる
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跳人、「ねぶた」そして囃子の順に歩いてくるが次々に来るので解らなくなってしまう。

ミスが行く。
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提灯を持った人が先導し
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老若男女が続く

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元気にはねてくれる。ラッセラーラッセラー。
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男子が女装しているのも多い。
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御所の右近の橘、左近の桜の周りを切りあいで追いつ追われつした平重盛と源義平。正面を反転させ観覧席に見えを張る。
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次いで太鼓のリズムが重々しく笛の音、鉦が賑やかに悪魔祓いを願う。

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以上をチームとした行列が数多く行進する。

丸尾狐 玉藻前
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児雷也
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西王母の祝福

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天竺への道
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天竺への道裏
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花和尚魯智深  ねぶたの題材は知らないものが多い。歴史が長いと日本の武者では限りが有るか?中国の題材が多くなるか?江戸時代明治では民衆は知っていたのか?無知な我々は案内書を見て出し物に少しでも馴染もう。
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入雲竜公孫勝
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幼稚園生の行列
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園児のお囃子
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大きなねぶたは企業の協賛による。同士、町内会のねぶたも有る。
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江戸時代武士だけが飼うことが許された津軽錦という金魚のねぷた。
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元禄水滸伝
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金毘羅大権現
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信仰心の強さと祭りを継続するエネルギーの盛り上げによる魂が揺さぶられる行事であった。

2018年7月25日 (水)

背番号を勝ち取った。

去年高校野球の素晴らしさを熱く説いてくれたT君がメールをくれた。彼も運動部部活に打ち込んだわけではないがお孫さんが猛練習に意識がなくなる程打ち込んだ姿に感動して話してくれた。去年は2年生で20人枠には惜しくも入れなかった。

去年のチームは絶対的なエースがいて県予選5試合すべてをエースが投げぬいて甲子園に行った。友の孫は観覧席でユニホームを着て応援をリードした。友も甲子園までは行かなかったが予選は毎試合球場に足を運んだ。

秋の大会以降は新聞にその学校の名が無かったので高校野球も気にしてなかったが県予選の準決勝の日に今日千葉TVで放映が有るからとメールがあった。背番号19だがメンバーとなったとある。念願のベンチ入りだ。チームは去年秋の大会は芳しくなかったようだが冬を越し春季大会を打ち勝ち関東大会も好成績だったようだ。

早速TVを見た。技術もしっかりし動きもシャープで勝つのではと予感させた。何よりも体つきが相手に比べしっかりしている。フィジカルが違う。大きくがっちりした背番号5の選手が先発で試合を作る。お孫さんは試合には出なかったがファーストコーチとして画面に写った。臀部にしっかり肉の着いた運動選手らしい逞しい体をしていた。圧勝だったのでコーチの動きはあまり写らなかった。

決勝も背番号5の選手の好投と打ち勝ち圧勝だったが二回のピンチに伝令として背番号19が大きく画面に写りアナウンサーにも名前を呼ばれた。マウンドに走り手ぶりを加え投手をはじめ集まった内野手に監督の言を伝えて大活躍だった。

試合直後のホームベース付近で勝者の校歌斉唱だが学校特有の上半身を後ろに反らし臍を突き出し校歌をがなり立てる。息継ぎの度に臍を空に向けバックに流れる滑らかな校歌と違って聞こえる校歌が終わった。先攻だったので守り切った選手はグラブを付けている。グラブを付けていない選手をこの子ではないかとお爺ちゃんの顔を思いながら探したが会ったこともないので解らなかった。

背番号5の選手が投手とし更に成長し1番も力を発揮し勝ち進んで県民を楽しませてもらいたい。全力で取った19番力いっぱい勤めよう。

2018年6月28日 (木)

北海道東部旅行4(釧路)

4日間移動中や夜間に降雨は有ったが日中は毎日陽がさし恵まれた。気温も二日目に30℃近くになると予報の処、海風が帳消しにしてくれた。最終日最高15℃の予想だったが陽のお陰で下着にブラウスでも汗ばむくらいだった。釧路地方の夏の平均気温は21℃と云う。

釧路泊で9時半出発とゆっくりだ。釧路湿原散策と阿寒国際ツルセンター二ヶ所の見学だ。子供のころから大平原を川が蛇行する雄大な写真を見てきたが俯瞰は出来ない。草原を木道上を歩き全体を想像した。

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現役時代は日帰りしか出来なかったので低山を歩き野草を覚えるようにしていた。日光の戦場ヶ原にも良く行き野草を沢山見たのは今昔の感だ。季節が早かったか花は少なかったが陽に映えた緑と釧路湿原の名に心が弾んだ。

水芭蕉
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ミツガシワ

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ヤナギトラノオ
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カキツバタ
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ワタスゲ
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タヌキモ
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バイケイソウ
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オオヤマハコベ
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広大なワイルドな草原が続きゆっくり見たかったが時間だ。
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エゾセンニュー。
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野生のタンチョウは冬には湿原が雪に覆われ餌をとれないので3ヶ所あるタンチョウセンターに集まる。ここも300羽が集まる。タンチョウは乱獲により数十羽となり湿原奥深く潜んでいたが現在は1500羽程度居るという。車窓から天然のタンチョウが数ヶ所で見られた。

網で囲われたタンチョウの番
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羽を切り飛べないタンチョウ。
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来る前に天気の心配、衣服の心配を過剰にしたが広大な景色と快適な気候に感激した。
羽田に着いたら外気温は31度です。のアナウンスにどっと疲れが出た。

旅行から帰り半月経ってやっと「森と湖の祭り」を読み終えたが重厚なフロンティア精神に富んだ釧路湿原を舞台にした生き生きとした活劇に感動する内容だった。現在不況から脱出しようと努力している北海道が発展しようと活動していた時代の強い若者の良い小説だ。現在、「森と湖のまつり」はアマゾンで最低2600円で出ている。武田泰淳の本は高めに推移しているようだ。

雄大な景色に見とれた4日間だった。

2018年6月27日 (水)

北海道東部旅行3(知床峠野付半島納沙布岬)

今日は宇登呂から釧路迄長距離の移動となる。青い線が行程だ。地図を見ると国後島が大きくあり、納沙布岬からは歯舞群島が近くに在る事が解る。
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8時出発で知床峠に行く。国後島が大きく横たわる。戦争の後遺症は続く。
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ライダーを見て長女の婿殿が院生の時バイクで北海道の西半分を単独行した話を思い出した。道路の両側はハイ松の林でカメラマンはギンザンマシコ(ベニマシコと同類の野鳥)を狙っていたが現れ無かった。見たかったが残念だ。
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知床半島を横断し羅臼に出て野付半島に向かう。波に削られた知床半島の岸壁が土砂となりこの地に堆積し出来た。知床半島と根室半島の中間点の海に飛び出た頼りない突起が野付半島。かつては楢林だったところが地盤沈下で海水の侵入で木が枯れナラワラと呼ばれている。
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野草を見るのを楽しみにしていた。ハマナス。
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千代ハギ
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ノハナショウブ
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エゾウツボグサ
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ウマノアシガタ
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クサフジ
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エゾカンゾウ 海水を含んだ水を吸って精一杯生きている。
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トド松林が海水で枯れた跡はトドワラという。洞爺丸台風の影響が大きかったという。
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高い木道が付いていて湿地を保護しながらの散歩ができる。
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コヨシキリが盛んに鳴く。
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風連湖で一休みをする。オジロワシが目の前を飛んだが撮り損ねた。バスの中からタンチョウの番とヒナを写せたのはラッキーだ。
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他キタキツネ、エゾシカを車窓から見た。ヒグマは見られなかった。
道中馬、牛の牧畜が多い。
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歯舞群島の一つ貝殻島周辺にロシアに漁業料を払い6、7、8の3ヶ月間コンブ漁に行っている。良質のコンブが取れるのだそうだ。船には赤ラインが入りそれ以外の船は行けない。写真の右にある船に赤ラインが入っている。納沙布岬の写真だが灯台は明治5年には出来たという。赤ラインの小舟に一人で乗りロシア領の海に行き目いっぱいのコンブを取り帰る。一人で行動するのはコンブを最大量乗せるためだ。
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北方領土返還を祈願した「四島(しま)の架け橋」戦争は馬鹿なことをした。
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浜中駅からはワザワザ花咲線に乗る計画になっている。30分位の待ち時間があり手持ち無沙汰でいるとツアー客でない人から声を掛けられた。中学生のころから一人旅が好きで特に鉄道に乗るのが大好きだという50歳代であろう人だった。青春18切符や大人の休日俱楽部パスを利用するという。5泊6日の旅だというのに小さなボストンバック一つで慣れたものだ。この線も何時廃線になるか解らないから乗りに来た。未だ日本国中の鉄道を制覇していないという。孫も鉄チャンでお話しできたら大喜びでしたのにと話している内に我々の方の列車が来た。我々は厚岸に先方は根室に向う。隣駅で単線の為根室行きと待ち合わせすれ違った。列車に乗る前から雷鳴が聞こえ車中で雷鳴轟く大雨となったが厚岸に着く前に雨は上がった。雨にたたられる事も有るが今回は幸運が味方してくれる。
雨の中途中駅で一人乗り込んできた重装備の女性がいたがこちらは自然探求家か?旅の楽しみ方は人それぞれ有る。

2018年6月26日 (火)

北海道東部旅行2(摩周湖・知床)

今日は地図の赤い線を行く。知床見学だ。
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二日目は4時50分出発で霧の摩周湖を見学する。温暖化の影響で気温が上がり摩周湖の霧は僅かだった。ガイドさんが幻日が見えると興奮したので小生も高ぶったが珍しいものを見て良かった。

太陽と同じ高さに円形の虹が見えることを幻日と言うらしい。画面中央が幻日。太陽を挟んで左右に二ヶの幻日が見えラッキーだ。右の幻日。
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太陽側の側面が虹色に輝く。左の幻日。
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左下が幻日の反射。雲海の残骸も僅かに見られる。
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摩周湖の反対側は屈斜路湖を含むカルデラで日本一の大きさだ(実は阿蘇よりも大きい。)
屈斜路湖を覆う雲海。
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泊まった川湯温泉は近くの硫黄岳を含む火山地帯による。大した防御もしないで硫黄を採集し被害も大きかったという。
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今日も広い農地を見ながら街道を行く。
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公道でなく農道が特別長く天に登る道に例えられ「天に続く道」という。
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オシンコシンの滝=エゾ松密集地帯の滝の意。
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宇登呂に行きクルーズで知床半島を海上から見る。
船着き場の断崖にエゾカンゾウが咲き競う。
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遊覧船に乗り出航。
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荒れ狂う流氷が岸壁にぶつかり削り取り様々な形を作る。
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乙女の涙と言われる滝。
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象岩
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カムイワッカの滝。此処で折り返す。
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宇登呂を一望するプユニ岬。広がるはオホーツク海。
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砂金が出そうな渓谷を見下ろし一湖を目指す。国民宿舎がありバイクやバイシクルでくる人が多いという。
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池塘が沢山ある平原に知床五湖がある、その一つの一湖見学を木道を通りする。尾瀬や月山に似る。一湖と知床連山。
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ホオジロが鳴く。湿地帯の花と野鳥が目的の一つだが花も見当たらず鳴き声は聞こえるが鳥も見えない。やっとホオジロがなれなれしく人通りの多い木道に現れた。
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今日も天気に恵まれ珍しい景色を見られた。宇登呂泊。

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