2019年3月22日 (金)

イチロー選手の活躍を感じた孫

イチロー選手が現役引退を表明した。

TVも新聞も関連記事が多い。45歳までよくぞレベルの高い処で戦い続けたものだ。

孫は6ヶ月の時父親の研究の関係でサンフランシスコのジャイアンツ・ホーム球場の近くに移り住んだ。翌年一歳10ヶ月でMLBオールスター戦に両親と伴に球場にいて雰囲気を味わっている。イチローが米オールスター史上初めてランニングホームランを打ったゲーム時に無料で球場にいた幸運児だ。送ってきた写真でブログを作っているので紹介する。孫は現在中一で幼少時は水泳、テニスをしていたが「乗りテツ」にはまっている。

2019年3月21日 (木)

久しぶりの鳥撮り。

暖かくなったので川に3回歩きに行った。望遠を付けたカメラマンがうろうろしているのでベニマシコを追っているのだろうと見当がついた。
聞いてみたがカメラマンの答えは声はするのだが姿は見えないし少ないという。餌となるセイタカアワダチソウが一本も見当たらない。

私も次回はカメラを持って来てみよう。

河川敷は葦原もきれいに刈られ鳥が寄り付かない環境になっていた。鳥は少ない。

出会った鳥を紹介すると

花畑ではホトケノザを栽培してるらしくムラサキの絨毯にみえる。ハクセキレイ
(拡大した写真を戻すのは上のバーtyougen777cocologのxをクリックして下さい。)
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柳は台風で倒れ随分切られた。柳の芽吹きが若々しく綺麗だ。これも鳥が少ない一因だ。ヒヨドリ
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アオジも葦原と地面を行き来しているのだが葦原がないので少ない。
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ホオジロ20年前の歩き始めの頃は20羽位の群れを作って何グループも有った。現在は1,2羽でいる。
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菜の花とツグミ。
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嬉しいことにウグイスは健在。未だ十分声は出ない。
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ヒドリガモ 以前は本流を埋めピューピュー鳴いていたが入り江に少し。
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スズメも極端に減った。
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モズは単独行が多い。
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1周しかしないのでこんなものだが随分寂しくなった。




2019年3月 5日 (火)

中距離の買い物コース

運動不足解消の為、遠回りして目的地に行くことが有る。家とスーパーは駅を挟んでほぼ等距離にある。これを最短距離で行けば往復500歩である。久しぶりに晴れたので神社から市場跡を越して小山の陸橋で常磐線を跨ぎ千葉大園芸学部を横断し駅近くのスーパーに戻るコースで買い物をした。食料品買い物コースの中距離コースで7000歩の道のりだ。その上のコースもある。

当地区は米どころであったが江戸川流域の湿地で水害に苦しめられ坂川を開削し凌いだという。川沿いに松戸神社があり3丁目、宮前町、角町違う神社の町会の小山に続く。3月2日3日にその地区で河津桜まつりが行われた。私はピンクの濃い河津桜や八重桜は好きではなく見向きもしなかったが5日午後の日に照らされた桜は美しかった。

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江戸時代は江戸川の対岸金町に関所が有り有事には撤去できるよう橋代わりに船を並べて通し、下横町に着いたので町の中心はこの地区で寺や料亭も有り賑やかだった
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色合いの合う柑橘系の木も存在する。
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補色同士は互いに引き立せる。
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小学生の頃は橋は欄干は無く丸太を並べ土を敷いてあったと思う。
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メジロが元気に蜜を吸っていた。
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小山の陸橋で駅方面を望む。
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巨木が覆う千葉大園芸学部の旧正門。左丘の中腹に竹内啓の奥城がある。
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昭和20年代は松戸の最高の憩いの場であったベルサイユ宮殿の庭園を模した園芸学部のフランス庭園。花は未だであった。
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校舎を増築している大学を通り越し食料品を求めてスーパーへ向かう。これで家へ帰りついて7000歩一日のノルマに近い。
湯島の梅と同時に松戸の桜を見られ植物も新種が加わると春を待ちわびる端唄も対比が狂う。

2019年3月 2日 (土)

落語と雑感

小はん師匠から例会の誘いがあった。

「前座の頃は贅沢だった。風呂は薪で沸かすしストローは藁だし、キャバレーはフルバンドだった。寄席は落語でなく噺をやっていた。」
とのハガキで届いた。

少しでも寒さが緩むと行動し易くなる。暖かい日を選んで江戸川を6km程土手の上からベニマシコやジョウビタキが来ているだろうなとその場所を俯瞰して歩いた。疲労もない。

当日、帰りは雨が確実な寒い中、出かけた。会場の湯島天神では薄闇の中、手入れされた梅園に満開の花が発光しているようで神秘的だった。

(子供たちが中学受験の時は親ばかで亀戸天神に参ったが力相応の処に落ち着いた。感謝である。亀戸天神には家から歩いて行ったことも有る。道が解らないので市川橋まで江戸川土手を歩き蔵前橋通に出てひたすら亀戸天神迄歩いた。tvドラマ大岡越前で亀戸の百姓が日本橋まで野菜を行商していた場面を見て思い立った。)

年々寒さに弱くなり外出する気にもならなかった。冬朝の真っ暗の中北風が強かろうが歩いていたのが嘘のようだ。
寒中歩いていたころから露払いを務める「さん福」師匠も真打になってから随分になる。上手くなった。二人癖は初めて聞く。詰将棋から落ちに導くのだがその場面で話が難しく感じてしまった。

小はん師匠の出し物は先ず「棒鱈」江戸の庶民は討幕で上ってきた薩長藩士を大嫌いだったという。薩摩の侍をからかう話だ。板前が胡椒をもって喧嘩の仲裁に入るが胡椒の撒き過ぎでくしゃみが止まらず噺が終わる。高校の時全校集会で二階席から胡椒を乗せた紙飛行機が多数滑空し胡椒がばら撒かれたのを思い出した。

中入りでベランダに出ると全体を見渡せる梅がさらに美しい。梅は咲いたか桜は未だかいな。

しめは火事息子 
質屋の息子が粋な火消しに憧れ臥煙になり勘当される。実家の近くで火事が起き藏に目塗がされていないのを見て親に分からないように手伝う。番頭の計らいで父、母と対面する。親子が互いに意地を張りながらその身を案ずる人情話。
小生の好きな師匠の語りも気合が入ってテンポが良かった。小生も気合を入れ直そう。

我が町では寒い間夜周りの消防自動車が鐘を鳴らし火の用心を触れて回る。また町会により錫杖を地面に突きジャンジャン鳴らしながら火の用心と叫ぶ。冬の風物詩は直に終いになる。

2019年2月10日 (日)

活躍する老人

小学校の同級生で近所に住んでいたF君は我孫子でおもちゃの病院をボランティアーでやっていると一昨年上田、松代、高田、高遠方面に一泊で観桜に出かけた時に本人から聞いた。その時一緒したT君は器用で子供のころから模型作りが上手くて趣味として続けていると知っていた。ところがF君も負けず劣らず手先の作業が好きで年季と想像力で玩具の修理で世の役に立っているという。

私も去年車庫のシャッターのリモコンが作動しなくなってメーカーに聞いても修理はしてないと言うし考え抜いてF君を思い出し☎したところ話を聞いただけでおよそ見当がついたようで送ってみてくれと言われお願いした。

配線が腐食して十分でないことが原因とその部分を磨いて綺麗に接続してくれた。スィッチを押すと何年も点かなかったリモコンのパイロットランプも点灯しシャッターもギシギシ言いながら開いた。この数年開かないこともあったシャッターが毎回リモコンを押すと開く。気にかかっていた事からの解放感は嬉しい。友に感謝した。

今日何気なく新聞を開いたら千葉版に「我孫子のおもちゃ病院」の記事がある。F君が載っているに違いないと読んでいくうちに事務長として大活躍の記事がある。リタイアしても大活躍している友に喝采を送った。詳しくは記事をアップしたので見て欲しい。
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趣味、特技を続けることは自分も楽しみこんなにも人の為になる。良い老後をすごしている。

2019年1月20日 (日)

暖かい処に行きたくなった。沖縄。

気まぐれに暖かい処に行きたくなった。

一年中本調子でないが冬は特に調子良くない。表の陽気が足りないのだろう。色々試してみるが今回は手掛かりをつかんだ気がする。陽気の素の血を調節してみよう。

暖かい処で2,3日過ごしたらどうだろうと急に思い立って沖縄に行った。

国の歴史は何処も同じで狩猟から稲作となり集団生活をし権力者が現れ統一されていった。

十三世紀以前の史書は無くオモロと言われる英雄を称えた歌謡から知ることができるという。明の史書からも伺い知れる。

沖縄本島が三地域に分かれた三山時代を経て尚氏が統一し琉球王国となった。交易で富と武器を得たものが君臨する。

言語は日本語の九州訛りに属し平仮名が使われていたという。

万座毛 崖の上の万単位の人が座れる芝の広場の意。写真を撮る小生の背後の広場を言う。変哲もないので断崖の象岩を紹介する。
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沖縄はサンゴ礁の隆起した島という。順路の脇はそれらが見られる。
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夜はホテルで琉球舞踊が見られた。衣装は身分の高い人の物で美しい。
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翌朝はグラスボートでバリアリーフ内水深3mの海底を覗く。ブルー魚がルリスズメダイ、白線の入るのがクマノミ。
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座喜味城跡 立派な城壁にアーチ型の城門が残る。石は四角に整形している。
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広い敷地に中央に本丸御殿のような建物が有ったらしい。城壁上から東シナ海を望む。手前の緑は琉球松。
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夏空でブーゲンビリアが青空に延びる。ブーゲンビリアの垣根が続く。温度は23℃を越える。
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シーサーが家を守る。
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美ら海水族館 熱帯魚が泳ぐ。ブラックマンタが居るのが世界初という。
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ジンベイサメの餌付けを見る。オキアミを大量の水と共に飲みこむ。水は鰓から排泄する。
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古宇利大橋を見学。CMの様にダイナミックには見えなかった。
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北中城の宿から米軍嘉手納基地方面を望む。
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今日は朝から雨模様。首里城公園へ。バスから雨に煙る首里城。
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守礼の邦の門
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首里城宮殿 明の影響を受けている。
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琉球王国は明や薩摩に進貢し冊封されていたが巧みな外交で自由を謳歌していた。明治以降軍隊が駐留するようになってから島民の思いとは離れた方向に動き出した。太平洋戦争末期では大本営と守備隊の意思統一がなく悲劇に見舞われた。ひめゆり学徒隊は各女学校の生徒が負傷兵の看護に駆り出され多くの生徒が亡くなった。男子は鉄血勤皇隊を組織され14歳から前線に参加し多数の未来ある若者を失った。窮地に陥った権力者は何をするか解らない。
ボランティア活動で有名な尾鼻さんは沖縄の集団自決が有ったガマに遺骨遺品の収集に行くというが沖縄の悲劇に衷心から哀悼の意を捧げた。
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疲労を感じながら動いたが暖かいので異常は起きなかった。帰ってからも体を動かす様心掛けよう。

2019年1月 4日 (金)

一家の新年会

例年の如く子供達が家族を連れ集まった。

去年は都合で7人での新年会だったが今年は12人の全員集合になった。暮前から長女が酒を持ってきていた。例年なら持ってきた段階で飲んでしまったが今回は全然口にしなかった。30日まで手つかずで残っていたが30日に長女が持参した鳴門鯛を半分飲んでしまった。元日勢ぞろいした酒は左から
広島賀茂鶴ゴールド、青森百川初しぼり、徳島鳴門鯛、新潟栄川、山口獺祭と銘酒を長女が旅先で集めたものや友達から頂いたものという。楽しみだ。

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昼前に集合し雑煮とお節をワイワイ言いながら食べる。離れた勝手から12人分を配膳するのは時間が掛かり冷めてしまう。ついこないだまで食卓の下に潜り込んで遊んでいた子も中学一年生でそれぞれの興味を語ってくれたが鉄道お宅で北海道の00線とXX線の00駅とXX駅は近くバスで連絡していると云う。乗ったこともないのにそらんじて居る。もう一人はcpでゲーム造りをしてるという。ソフト名を言うが聞いてもさっぱりわからない。
食後に全員で般若心経を読む。お袋の葬式から折に触れ読んでいるので子供達はほぼ暗記している。大勢の声がバックに聞こえると観音様が小乗の覚者である舎利子に小乗の教えと大乗の教えは違うのだ。人間には求めきれない真理を求め何時までも何時までも旅して行こうと唱えるとそう努力したいと素直に思う。

その後お寺に全員で墓参りをする。暮れに掃除をしたが目立ったごみを取り花を添え線香を捧げた。2歳の孫も見まねで線香をあげた。みんなが健康で過ごせますようにとお願いをした。
今までは川に行って凧上げとソリ滑りを楽しんでいた。中一になるとそれらを卒業して見向きもしない。晩御飯迄家族単位で過ごし再集合してからは大富豪をして楽しんでいた。盛り上がったのは防衛省の売店で売っている「炎の激辛大作戦」丁度12ヶの饅頭の中に唐辛子で辛くした餡が入っているのが2ヶあり誰が引くか戦々恐々で一斉に食べたゲームだ。如何したわけか長女と次女が大当たりだった。たわいのない皆が参加できるゲームを来年は用意しよう。

4時には夕食になり愈々酒の時間となる。銘酒は見るだけで饒舌になり喋りで肺気が発散されると酒が胃に入りやすい。賀茂鶴が空き、百川が空き、鳴門鯛はお燗でお替りをし空き獺祭に手を着けて内輪で終了とした。暮れに練習していたので少しは飲めた。日本国中美味しい酒がある。

孫たちの急速な成長を見るのは眩しく楽しみだ。

2019年1月 1日 (火)

明けましておめでとう御座います。

本年も宜しくお願い申し上げます。

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2018年12月31日 (月)

30日の出来事

30日長女は鳴門鯛吟醸飛切一升瓶を下げて、次女が2歳を過ぎた孫娘の成長を見せに揃ってきた。長女は正月用の煮物を作るのが目的だ。

一区切り着いたところで女房と娘2人と孫をプラスして買い物に行った。孫は次女に抱っこ紐で胸に抱かれていった。孫は27日木曜に39度の熱を出したが流感ではなかった。

買い物から帰った4人がかたずけが終わったところで煮物とすき焼きで長女と一杯やりだした。まず常温で飲むが旨い酒だ。長女が言うにはお父さんは何時も燗で飲んでるからこの酒は燗酒用だと云う。私は酒は自分から飲むことは最近はない。娘が飲もうと私の好みの燗酒用の酒をワザワザ買ってきたのでぬる燗をつけた。
久しぶりなので早く飲もうと一本は30秒のチンで口を付けた。弱い刺激味があり口中がモヤっとした感が有った。湯燗した方は刺激もなくまったりと喉を過ぎて行った。湯燗した方がズーッと美味い。

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2人で気持ち良くなってきた頃次女が寒気がして頭が痛くムカムカすると言い出した。熱を測ると38.5だと云う。明後日の新年会は中止か?と思いながら
次女親子をどうするかを考えた。次女は我が家に泊まり孫は主人が迎えに来て連れて帰る事になった。私は急いで煎じ薬を調合した。
孫は母も一緒に帰るものとお思っていたが違ったので大泣きしながら帰って行った。

孫は流感ではないと言われたが偶々検査で発見されないで次女に移ったのだろうか?(急に高熱を出すのは流感のパターンだ。)だとすると私を含め3人はこの場で罹患し正月は高熱が出るだろうと酔っ払いながら心配した。熱は上がり39,5度になった。薬は間違いないと続けた。6畳の台所に閉めっきりで5人でいたので感染するには十分すぎる。

長女は鉄道好きの息子が明朝5時に白川郷から父親と帰るのでと帰って行った。午前0時過ぎに体温は38.2度になった。薬は2時間ごとに飲ませ2時頃一服し暫くして37.6度という。朝になったら35,6度、計りなおして36.1度だが流感だったら正月に他の子供や親に移してはいけないので大晦日の救急医にかからせたら延々3時間待ちの12時ごろやっと診察が終わり流感ではないと分かった。

これで例年の如く私達を入れ4家族が集まることになった。
めでたしめでたし。

2018年12月28日 (金)

魚煮付け

相変わらず週二で魚屋さん通い。普段10時からなのに暮なので9時開店とある。普段の10時より3倍は車が停まり満車に近い。寒く強風が吹くのにご苦労さんだ。昼用の魚と朝食用の少しは日持ちのする食材と何時もの決まったものを揃える

晩飯は鯛のアラ煮にすることにした。前回は気張って金目の頭付きの煮つけにした。
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汁が無くなる迄じっくり煮込んだのでしっかり味が沁み込んでいて旨い。頭を穿るのが楽しい。ゼリー状の目玉の周りは特にうまい。頬の肉を穿り食べていて 入れ歯にした当初、頬を噛むので頬がこけてきたのでその分内側に膨らんで噛んでしょうがないと言ったところ娘たちに笑われたのを思い出した。

魚屋さんは荷物台を店外にテント張りにし売り場を広げ品物を増やし歩きやすくもしている。それでも混んで人とぶつかりそうだ。31日は朝4時から営業らしい。随分混むものだ。海産物の冷蔵業をしている友も隠居にもかかわらず12月は忙しくてと天手古舞という。

正月用の買い出しもあるが今日明日の食事を買い求めるのだろう。来店の数にはびっくりする。

午後はスーパーに蒲鉾、だし巻き、田作り等オセチの買い出しに荷物持ちとして引っ張り出された。娘と女房に任せきりだった暮の買い物は結構大変だ。

«魚

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