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2012年8月27日 (月)

残暑の京都旅行 宇治平等院。

残暑厳しい京都のパック旅行は考え物だが乗ってみた。

宇治平等院と貴船で昼食と下賀茂神社見学で帰りは20時6分の京都発だ。帰りが遅いのが難点だ。

朝6時16分東京発の新幹線で京都に向かう。今日も高気圧に覆われ青空が広がる。三島の富士山は殊更綺麗だった。

京都駅9時発の観光バスで宇治に向かう。左手の山に伏見城が見えたのが嬉しかった。伏見城の悲劇は養源院、源光庵で血塗りの天井として目の当たりにしている。

三成が秀吉子飼いの加藤清正等と対立し秀吉の死後伏見城主になっていた徳川家康の下に単身逃げ込んで命が助かったりしている。その三成は上杉征伐に家康が東北に趣いた隙に伏見城を攻めたて落城させ留守居の鳥居元忠以下が切腹した跡が血天井の話になる。

伏見城は再建にせよ存在していて嬉しかった。

菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)は応神天皇と大和の豪族和邇氏の姫の間に生まれた。仁徳天皇の異母弟に当たる。非常に出来がよく応神天皇は東宮としたが天皇位を兄弟で争うのを良しとせず自害したと言われている。その御陵が宇治川の対岸に見える。

宇治橋を横切り平等院の南門に到着する。

鳳凰堂の背後から入場するようになった。

先ずは源頼政の墓をと平等院内の最勝院に寄った。

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平治の乱で清盛に加勢した源氏で一人都で暮らしていた頼政が頼朝の旗揚げと同時に挙兵したが武運拙く破れ平等院で自害したと小学校の時読み源氏なら強い筈なのにと思った。
辞世の句

「埋もれ木の 花咲く事のなかりしに 身のなるはてぞ 悲しかりける」

源氏の再興を望みながらの無念の自害である。

平等院は光源氏のモデルの一人であった源融の別荘地であったのが平安中期に藤原道長の所領になったという。

その子の頼道が浄土思想に見合う壮麗な寺院を作った。最大の権力者が死後浄土にありたいとの願いだ。
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定朝が造った大きな阿弥陀如来像と高い壁に有る多数の雲中供養菩薩像と壁に描かれた阿弥陀来迎図は天国に導いてくれると思わせる。

池の対岸から見た御本尊。
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朝日が差し込む頃は特に素晴らしいと本に有るが庶民はそんな時間には見学できないが団体で短時間の見学でも素晴らしい。

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コメント

京都は盆地で気温が高く今年もお盆の法要には行く気にはなりませんでした

京滋バイパス~第二京阪~京都市内 と時々利用します
その時伏見城を観る事ができます
伏見城に何時かは立ち寄ってみたいです
天守閣に昇る事が出来れば素晴らしい眺望が眺められるでしょう^^☆

ユメフーセンさん 秀吉は伏見城で亡くなったと言いますし歴史上も興味の湧く所ですね。伏見稲荷は一山お稲荷さんとは知らずぐるっと回り疲れた事がありました。

凄い馬力ですね。
能に登場する人名が懐かしいです。逆ですね平家物語から能が取材してるんだから。
狡い、奥さま名言!

佐平次さん 観光バスで移動でしたので余り歩きませんでした。能は見る機会が無いでしょうけど頼政などは見て見たいと思います。

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