« 飛鳥を歩く3 | トップページ | 吉備 国分寺コース&備中松山城 »

2016年11月28日 (月)

吉備の中山を歩く。

欽明天皇の孫で皇極天皇の母、天智天皇の祖母は吉備姫王という。吉備との関係は解らないと言う。飛鳥に吉備の地名もあり吉備国との繋がりは有るはずだ。

吉備の資料を新橋のアンテナショップでもらい吉備中山とサイクリングコースの国分寺コースそして備中松山城を歩くことにした。

肥沃な平野で穀高も豊富で塩の生産と鉄器を製造し強力な国家だった。大和朝廷が豪族の連合隊だったのに比して強力な単独国家だった。

朝廷側の記紀の記述が残るだけだが第七代孝霊天皇の皇子の吉備津彦命が第十代崇神天皇の四道将軍の一人で西街道を治めた。桃太郎のおとぎ話は温羅伝説を易しく説いたものだ。鬼や温羅が原住民で桃太郎は吉備津彦命で大和朝廷なのだろう。吉備の古代人には悲劇だ。

応神天皇の后は吉備の兄媛という人で天皇が吉備に行幸の折、兄媛の兄の御友別一家が精一杯の膳夫をし応神天皇が感激し吉備を御友別親子に分け与えたとある。

仁徳天皇の時代吉備は大虬(みずち)に苦しめられていたが大和朝廷が徹底的に退治した。しぶとく生き残った二匹の大虬がいつまでも抵抗した。良くある住民の抵抗の例え話だ。

造山古墳があり全国四位の大きさで大和朝廷が作りその威力を誇示し続けた証拠だという。あれだけの盛土をするのは相当の権力者だ。

律令制の完成とともに国造や屯倉の配置で監視を厳しくし大和朝廷の力が勝っていった。姻戚関係にあった葛城家の没落と一族の朝鮮出兵命令が重荷となり徐々に力を落とした。

岡山に十時十八分につきコインロッカーに余分な荷物を入れ四十八分の吉備線に乗り三つ先の備前一宮に行く。吉備は備前、備中、備後、美作その他に分割されたがそれぞれの地方に一宮が作られたが備前一宮が吉備津彦神社で各地の一宮は吉備津彦命を祭神とする。
281125nakayama00

右の杉の大木が平安杉と言われる御神木だ。昭和5年火災で左半分が焼けてしまったが手入れのおかげで残り右側に緑が健在。
281125nakayama01

日本一の石灯籠
281125nakayama02

岡山城城主後見人池田利隆が子宝祈願をし実を結び左に見える朱色の子安神社を寄進した。
281125nakayama03

吉備津彦神社本殿
281125nakayama05

神社の裏山が中山という神奈備山の入り口になる。その最も神聖なものが三輪山だ。
神様が鎮座する特定の神奈備山が決められていた。神様が鎮座する場所は神奈備山中の神籬、磐座、森林、滝等だ。

左手前に登山口があり竹の杖を置いてあり借りたが返却で苦労する。
281125nakayama06

鹿ケ谷の謀議に加わり流された藤原成親の供養塔。
281125nakayama07

この横から落ち葉の積もった結構な斜面の坂が続く。
281125nakayama08

竜王山に元宮磐座があるが宮の字の入った石道標。
281125nakayama09

元宮磐座 家内安全、健康で過ごせますよう、五穀豊穣、良い鉄ができますよう大事な祈願をしたのだろう。
281125nakayama10

八大竜王
281125nakayama11

経塚
281125nakayama12

竜王山から児島湾を望む。海外交易や筑紫への航路で早くから見張りがあった。吉備の都があった足守まで水路が入り組んでいた。
281125nakayama13

次々と磐座が現れ神聖な気持ちになる。木漏れ陽に演出された道を進。
281125nakayama14

お休み岩 神奈備山で食事は気が引けたがしめ縄のはずれたところで何時ものようにコンビニのお握りを食す。
281125nakayama15

環状岩 磐座が環状になる。
281125nakayama16281125nakayama17281125nakayama18

大坊の足跡(大男の坊さんの足跡)
281125nakayama19

八畳岩古墳
281125nakayama20

鏡岩 大きな磐座が並んである。見える面が鏡のように滑らか。
281125nakayama21

穴観音 後ろは中山茶臼山古墳の頂。古墳を拝む磐座のようだ。
281125nakayama22

吉備津彦命の陵と言われる中山茶臼山古墳。
281125nakayama24

反対側の広場。国境石を探しぐるぐる回った。
281125nakayama25

茶臼山古墳に職員がいたので聞いて分かった国境石、なんてことはない古墳のすぐ前にあった。「備前反対側に備中」の文字が入る。備前と備中の境界線で中山茶臼山古墳を半分に分ける。
281125nakayama26

備中一宮の吉備津神社に長い坂を下る。滝祭神社 清水寺音羽の滝のように細い滝が落ちる。
281125nakayama27

搦手から回廊が続く。
281125nakayama28

独特の屋根の吉備津神社。備中一宮で吉備津彦命を祭る。備前一宮も美作一宮も吉備津彦命を祭神とする。
281125nakayama29

281125nakayama30

吉備津彦神社から竹の杖を借りてきたが巫女さんにこちらに返してもよいか聞いたところ吉備津彦さんのものは受け取れませんとのことでどうしようか狼狽する。
尾根歩きをした中山。幹線を歩いて脇道は歩かなかったがよく歩いた。脇道は200mから300mで色々な遺跡に行けるが急坂なので自重した。
神聖な山を神聖な気持ちで歩いた。左端の吉備津彦神社から登り右端の吉備津神社に降りてきた。
281125nakayama31

時間が早かったので沿線の備中高松に寄り清水宗治が秀吉の水攻めにあった高松城址に行く。
281125nakayama32_2

「こうやぶ遺跡」宗治の家来達が互いに腹を刺し殉職した地。近くの寺の門前に清水宗治公自刃地の石碑がある。
281125nakayama33

途中下車で杖を返しに行く気にはなれず吉備津彦命神社様には失礼をしたが明日も明後日も使わせてもらう心算だ。

« 飛鳥を歩く3 | トップページ | 吉備 国分寺コース&備中松山城 »

趣味」カテゴリの記事

コメント

初日に沢山歩いたね~。とても滑りやすそうなのが写真でよくわかったよ。
岡山も大和朝廷に関連あるところだったんだね。びっくり。もも太郎しか知らなかったよ。

ひろちんへ 征服は人間のサガなのかね。しょうがないね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 吉備の中山を歩く。:

« 飛鳥を歩く3 | トップページ | 吉備 国分寺コース&備中松山城 »

フォト
無料ブログはココログ