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2017年11月23日 (木)

上総国分寺を歩く

19日夕方15日に六道山を歩いた一人で五井に住む友から22日に五井近辺を歩くが出席するかと電話が有った。彼は3人で何かにつけ行動している人達の一人と家族ぐるみで付き合っている。彼の長男とその人は商売の付き合いもあり働きぶりを見に行こうか?と話していたのを耳にしていた。

彼が歩くコースを下見してきたところだが散歩の後倅さんの店で反省会をし六道山のメンバープラスその時欠席の2名が参加だが如何だという。皆が行くのなら喜んで参加しますと返事をした。

市原へは一時期ゴルフに熱中して月に2回は行っていたが上手くならないので止めて20年以上になる。ゴルフを止めたので名所めぐりが出来ている。

五井駅から丘陵地の国分寺跡を目指す。碁盤の目のように区画整理され田圃の点在する平地を歩き出す。
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道は更級通りと名付けられ更級日記の著者菅原孝標の娘の像が有る。写真は市原市のHPからお借りしました。孝標が上総介の任務が終わり京に帰る旅姿の娘像。
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国分僧寺に到着。仁王門と薬師堂が残るが江戸時代の物。
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国司と国分僧寺の住職と行政上如何係わっていたか興味のあるところだがその説明は無かった。行基や空海の行動は農業から関連する天文学から医薬や土木工事まで何でもやっている。

市役所に寄り14階建ての市庁舎が6年前の東北地震で上層部が危険と判定され9階以上は使用禁止になり免震工事の新庁舎が落成まじかと工事をしていた。今日の企画者が免震の専門家なので工事現場を見ながら免震の説明を受ける。

道々国分寺は何経なのか仏教の宗派を問う疑問が出てきた。国分尼寺跡には資料館が有り学芸員の解説を受ける。企画者が予約をしていてくれた。

本山東大寺は金光明四天王護国寺という。各国分寺も金光明四天王護国寺を名乗っている。華厳宗と言われている。国分尼寺の方は本拠は奈良の法華寺で法華宗の寺だ。

国分寺の出来た8世紀初め日本は68ヶ国に分かれ68の国分寺、国分尼寺が建てられ護国を祈ったという。千葉県には安房、上総、下総の3国分寺が有った。細かなところまで本拠と同じ仕様で出来ている。情報の伝達もしっかりできていたようだ。

日本武尊も横須賀の走水から姉ケ崎に船で渡ってきたが上総が房総半島の中心で市川松戸のある下総は外れということだ。更級日記に「松里」の語が出てくる。松戸の市民は松戸の地名の由来をそこに求めるが其処は松戸ではなく国衙と下総国分寺の有った市川市国分から国府台付近が有力という。上総から下総を通り武蔵に行くには市川から大日川(江戸川)を渡る方が現実的だ。
壬申の乱に関係する遺跡が大多喜町にあるというが上総が中心なら有りうるかと思う。

国分尼寺の模型 大伽藍の様だ。こちらには無いが国分僧寺の方は七重の塔が有った。
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瓦も現地で焼き窯跡も発掘されていると云う。瓦の模様も東大寺の物と同じで唐草模様という。オリエントのブドウの葉の模様という。

発掘された瓦に墨で書かれた金寺(金光明四天王護国寺の略)の文字、法花寺等の文字も読み取れる。

大工道具や釘等の鉄器も発見されている。復元された回廊が有り柱は槍鉋で仕上げられている。削り跡の解る柱と鋸山からは採石禁止なので長瀞から持ってきた礎石の復元。朱色は弁柄による。
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平城京の復元と同じ色だ。平城京の復元は地方にも影響を与えたのだろう。奈良に住んでいた他の友は彼が住んでいたころは喜光寺は朱色ではなかったというが今は平城京と同じ色をしている。上総国分尼寺の復元された回廊。
中門と金堂の間に金メッキの立派な灯篭がある。金堂は復元されていないが手前の壇は須弥壇で金堂の中心にあり仏像が飾られるところ。
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瓦の屋根を支えるため梁はアーチ状になる。
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軒に並んだ垂木の色は黄土。格子の色は緑青。壁の白は貝を微粉にした胡粉だ。
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学芸員さんの熱の入った説明に思わぬ勉強をした。

回廊の復元では山田寺の回廊を参考にした。山田寺の回廊 飛鳥資料館で写す。
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1時からの軽い散歩だったが1万歩だったと友の一人は言っていた。

バスで五井駅に戻り企画者の倅さんの店「虎徹」で反省会。個室でゆっくりできた。料理も美味しかった。ご馳走様、ありがとう。
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店主はきりりと締まった男前だった。下町の婦人が会いに行きたいと言っていたのも頷けた。

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コメント

五井にはなんども行ってるのに、こういうところを歩かなかったです。
田んぼのあぜ道に雉はいませんでしたか。

佐平次さん 五井に今日のメンバーの二人が国分寺跡の近くに住んでますが来たのは初めてと言っていました。立派に展示して在り市も力を入れているのが分かります。キジは残念だが見ませんでした。

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