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2018年3月 4日 (日)

しまなみ海道から瀬戸大橋

加齢の所為か7年前の手術が原因か?寒さにめっきり弱くなった。旅行どころではない。風邪は項にある風池、風府から頸椎の両側を通り背骨の両脇の筋肉の内側を巡る太陽膀胱経が風又は寒に傷られると悪風悪寒と発熱が起きる。寒さの原因は膀胱の一部を切り取った影響からかは分からない。

2月の下旬に寒いが発熱するわけでもないので道後温泉と金毘羅様のツアーに出かけた。道後温泉は2015年に四国の現存天守見学に行ったとき松山市内に泊まり大雨で電車に乗って道後温泉に出る気も起きなかったので行かなかった。15年の暮れには道後温泉本館は解体すると聞いたが依然営業してるのなら大衆浴場の神の湯には是非入りたいと思った。

50年前業界の全国大会が道後温泉であり風呂でゆっくりし外に出たら袖を引かれたが現在はそんなことは無い。

その時大山澄太氏の「山頭火」の講演を聞き心に残った。心の奥の寂寥感を感じるようになった。

温度は12度と暖かく快適な旅になった。新幹線を福山下車でバスでしまなみ海道を渡る。去年尾道を散歩し千光寺から水道の対岸の大きな向島、因島等を眺め橋で繋がり今治まで通じていると知り来たいと思っていた所だ。

橋の入り口から千光寺方面を望む。
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海と島の山側が入れ替わり見られる景色が楽しい。今治寄りの亀老山展望台より。
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亀老山の日当たりのある方の海。
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島の間を通行する船も多い。
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今治に入ると直ぐに建造物の壁面に加計学園の巨大な看板が現れ美しい景色を一瞬壊した。

道後温泉に到着し早速温泉本館に入浴に行く。柔らかい良い湯だった。

翌朝散歩で撮った道後温泉本館。
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大物主命と少彦名命が葦原中国統一のため全国を回り、この地で少彦名命が過労から体調を壊し大物主命の掌に貯めた湯につかると立ちどころに元気を取り戻したという。少彦名命は一寸法師位の体格だった。二人を祭る湯神社。伊予風土記に記載される。
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伊予一宮の伊佐爾波神社。工事中で見られなかった。石清水八幡宮みたいに本殿の両脇に廊が有る造りの様だ。この石段は金毘羅様に上るウォーミングアップとして上る。110段くらいあった。金毘羅様は785段。
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近くに一遍上人の誕生地に立つ寶厳寺が有る。最近焼けてしまったが鎌倉時代の文献から当時の姿に再建した。
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境内から松山城を望める。
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バスは10時出発で金毘羅様に向かう。瀬戸内海に沿って琴平に向かう。12時過ぎに琴平で昼食となり13時15分から金毘羅様を登る。
金毘羅様は大物主命が住んでいたところに建った。大物主命は水陸の交通から農業漁業、医薬にも技芸にも通じ民は徳を慕い大変住みやすい処だった。
保元の乱に敗れ讃岐に流された崇徳院もお参りをし副祭されている。西行に政治は諦め和歌の道に進むよう強く押された崇徳院だが子の重仁親王を天皇位に付けようと行動し乱に巻き込まれた。
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小学校の同級生に我が町の金毘羅様の跡取りがいて頼る人が多く繁栄している。クラス会には俗と付き合うと霊力が衰えるからか何時も欠席の返事が来る。職業を厳しく追及するのは良いことだ。

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コメント

早春の四国、うららかでしたね。
道後温泉にはとうとういかないままになるかなあ。

佐平次さん 暖かさ、霞、うらら春は良いです。動かなかった付けは大きかったです。

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