趣味

2018年4月23日 (月)

心配したこと。

漢方では古代中国の温暖化もエアコンもない時代の霜降(10月20日頃)から春分(3月21日)に至る以前の気候が寒く寒に当てられ冷えが血管に及ぶ風邪を傷寒といい麻黄の入った薬を使う。麻黄湯とか葛根湯である。麻黄は血の冷えを追払う。

その他の季節は風が表熱を吹き飛ばし体表の血管より浅い処を冷やし中風と云う風邪で桂枝湯を主に考える。

傷寒論一冊が病熱の位置を確認し取り去る方法を精細に論じていて一様ではない。中風と傷寒の間を綿密に記載し傷寒より深い症状も精密に記している。留まっている冷え又は熱をその位置に効く薬で追っ払い正常に戻す。処方の効く位置と冷え又は熱の位置が違うと効かない。

孫は1歳8ヶ月に成るが保育園に行き出し疲れも有るのだろうか4/15熱を出した。38度から39度と高熱を出した。小児科に受診し麻黄湯とアンヒバ座薬(解熱剤)が処方された。
疑問が有ったが25度位の季節外の高温から17度位に下がったので時行寒疫かも知れないつまり暑さに体表の肌が開いた処に冷気が入り込み血管に届いたかと処方された麻黄湯を服したが熱は下がらなかった。

座薬を併用しても解熱はしなかった。一時的に37度5分位になることは有ったが38度39度の高熱が続いた。2日目に口腔から検体を取り検査の結果溶連菌は検出されないから抗生物質は出せない。今の薬を続けてくださいとなった。抗生物質の使用方法が厳密になってきた。

解熱しなかったら休診日を挟んで3日後に来てくださいと指示された。相変わらず38度39度の熱に受診したら白血球が多いので病院に行ってくださいと紹介状を貰った。

病院で検査の結果肺炎の診断だった。適切に診断してもらって良かった。

安心ではないが病名が解ったので一安心だが随分気をもんだ5日間だった。

我が夫婦が子供たちを育てた折、発熱すると3時間毎に煎じ薬を投与し2回飲んで効かなかったら薬を変え子供達に治験台になってもらいながら多くの事を学んだ。幸い普通の風邪だったので大事にならなくて良かった。引退し現在は薬もないし枕もとで様子も見られない。普通の状態ではないと感じながら心配した。検査を伴った診断で原因がわかり適正な治療を受けられ良かった。4日間の入院で元気に退院した。

2018年4月22日 (日)

スズメ蜂の巣除去

スズメバチの巣の除去は家の修理を数ヶ所請け負ってくれていた板金屋さんに言ってみたら何回もやっていますからと引き受けてくれた。除去したのは4月8日で短時間で済んだ。
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蜂は飛んでいないので巣の中には居ないだろうと予測しながら念のため蜂スプレーを掛け乍ら様子をうかがった。この時期は巣には女王バチ一匹がいることが多いとネットに書いてある。
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独特の模様もスプレーの溶剤で凹凸ができしわくちゃになった。小生はバールを用意した方が良いだろうと取りに行っている間に巣は落ちてしまった。
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巣は空で女王バチらしき蜂が一匹いたが思ったより小さな蜂だった。肝心なところを写せなかったが成長した蜂がブンブン飛ばず誰も刺されないで終了し良かった。孫が良い時期に見つけてくれてラッキーだった。

去年この巣の近くで免震工事の監督をしてくれた友は庭の植木の中にスズメバチの20cmから40cmの巣が3ヶ有り知らずに枝払いをして刺され痛みが続いたという。市から宇宙服状の防御服を借り除去したという。監督してくれた所に足長バチの小さな巣が有ったが蜂に何回も刺されるとアナフィラキシーショックを起こすことを知っていて怖がった。足長バチの巣はその日の内に取ったが3mと離れていない軒にこんな大きなスズメバチの巣が有るのは気が付かなかった。気が付いていたら免震工事をしたのが7月だったので面倒なことになったろう。

2018年4月 4日 (水)

4月の河原

渡り鳥が去り、残っているのはツグミだけだ。柳の若葉が若く勢いがあり力をくれる感じがする。
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同じ木で鶯が鳴く。ウグイスはじっとしていなく写すのは難しい。冬の間は水辺のススキの根本でジュクジュクと鳴いているウグイスがホーホケキョケキョ。ケキョケキョケキョケキョと谷を渡る。通りがかりのお馴染みさんが未だ鳴き方が下手だね。ホーホケキョケキョとケキョが1ヶ余分だという。

ピントは合っているがススキの枯れ茎に邪魔された。
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久しぶりに望遠レンズを付け首から下げて行ったがカメラの重さに首が悲鳴を上げた。色々なところで年齢を自覚する。

普段は地べたとススキを往復しているホオジロが高い梢で美声を聞かせる。
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キジのホロウチも聞こえるが姿は見えない。鳥は渡り鳥が帰って寂しくなったが鳥の美声が聞けて楽しい。

彼方此方にクマンバチがパトロールをする。子供の頃、夏休みの宿題で採集した蜂だがこんな早くから活動している。
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家のスズメバチの巣は日曜に取ってくれるが未だ蜂は飛ばないから安心していられる。

2018年4月 2日 (月)

あっ!とびっくり、スズメバチの巣

秋には住宅地に進出したスズメバチの巣の周りで被害が出ているニュースが放映される。我が家近辺では一匹のスズメバチを見ることは有るが集団で見ることは無い。住まいにスズメバチが巣を作るなどということは思いのほかだ。

小学生の頃は蜂の昆虫採集は得意で夏休みの宿題を4年生、5年生と続けて20種位の蜂を採集していた。注射器に針、メタノールと網を持ち刺されたらアンモニア水を付けろとそれも持って歩いた。刺されてアンモニアが無かったら小便を掛けても良いと言われていた。今ではアンモニア水も無効とされる。蜂にメタノールを注射し昇天してもらう。歩いて1時間以内の処を歩き回って採集した。

神戸から3年ぶりに帰った孫が我が家を訪れ見付けた。去年の夏には巣を造り盛んに飛んでいたはずなのに全然気が付かなかった。一度弱ったスズメバチが落ちていたことが有り踏みつけた。それ以外は見たことは無かった。孫が隣との境の狭い路地を歩き、我々が上を見ない所でしかも棕梠の木の蔭にスズメバチの巣を見つけた。母親の長女が興奮してスズメバチの巣が有ると報告する。

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蜂の事なら多少の知識はある。足長バチの巣は最近も見つけているので足長バチだろうと長女の浅い知識をあざけるつもりで見に行ったら豈図らんや本真物のスズメバチの巣があってびっくりした。専門家にいち早く駆除してもらわなくては。

去年の夏建物の免振工事を指揮してくれた友がスズメバチに刺されアナフィラキシーを起こし難儀したと聞いていた。現場から2mと離れていない所に巣が有ったが何事もなく良かった。アナフィラキシーは繰り返すとひどくなりショックを起こすことも有る。知らぬが仏とはこの事か。

露蜂房と言い漢方薬の原料になる。苦平 驚癇を治し、拘急、痙攣を主る。大先輩が奥多摩の山奥でスズメバチの巣を買い求め帰りに電車の中で蜂が飛び出し乗客に迷惑をかけた。師に相談したところ店子付は山に返して来なさいと言われ売り手にお代は返さずとも好いから山に返してくださいとお願いし山人にこんな話は始めてだとびっくりされたと云う。

蜂が現れないうちに何とかしなくてはならない。
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2018年4月 1日 (日)

江戸川の桜

買い物の帰りに江戸川土手上の桜を見ていたがそろそろ葉が出てきた。散る前に川に行ってみた。
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一本の木だけ花弁がヒラヒラ落ちてくるので見ていたら犯人はシジュウカラだ。
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スズメも地面と木を行ったり来たりしている。
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ムクドリも一緒の行動をとる。
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亀は水門の入江の堰上で甲羅干しで元気に頭を上げる。
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休日なので家族連れが複数いる。子供を見かけると将来に期待する。
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老人の花見も見る。川は皆の憩いの場だ。
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犬の散歩をする人も暖かさと美しさに十分楽しんだだろう。
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2018年3月28日 (水)

同期の仲間との花見

日帰りのハイキングを共にする仲間の誘いが有り根岸競馬場跡を訪ねた。場所を調べたら孫が進学する中学と隣り合わせである。京浜東北線山手駅を降りると皆集合していた。このところの晴天に光る花を期待する。

ブレザー姿の少年とすれ違うが孫の先輩達だろう。

乗馬をしている馬場を見過ごし丘陵のうねる広場に出る。猛禽喫茶をしている店主の猛禽の日光浴と出くわす。フクロウ達と仲間。
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メインスタンド跡と広場と桜。車を心配する必要のないパラダイスだ。
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近くに米軍キャンプが有る。国花が存在感を示す。
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不意を突き身構える前に撮る。花には豊富な太陽光が良い。
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走り回る親子の姿に和む。
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桜林を回り込み逆光だが優雅に映るサクラバヤシ。
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これからシートを敷き小生は初めての酒入りの花見を始める。
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皆気合が入る。
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例により女性軍が腕を振るったご馳走が並ぶ。幹事の持参したロゼも待つ。
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食し過ごし中華街での反省会は無くなる。何人かが横になり気持ちよさそうだった。

チャッカリ急降下を繰り返すトンビ。
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目覚めを待って景色を一望し元町商店街を目指す。
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スタンド跡の壁面で一枚。
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暑さに負けず元町商店街を目指す。山手教会前。
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早々と花吹雪状態の木も有る。
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元町商店街では中々店が見つからなかったがコメダ珈琲で反省会をした。落語家の奥さんがユーモアのあるデマを語りだし皆の大笑いになった。デマでも笑えるデマで笑って済ませて良かった。あり得ないような話が作られ真しやかに流布している。初耳に当事者もびっくりした。

2018年3月25日 (日)

恒例の桜散歩

もう40年は続けている桜散歩に出かけた。最近は完歩できるか悲壮感が有る。この5年は未達成に終わっている。

コースは日暮里で降り北口から先ず向かいの本行寺に行き枝垂桜を見る。
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道路を渡り返して谷中の墓地に入る。

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メイン道路を真直ぐ芸大に出、
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上野公園に入る。(不注意でバッテリーが無くなり写真はお終い)
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満開の桜を見上げパンダ「シャンシャン」を見る長蛇の列をチョット見し恩賜公園を通り抜け清水さんの前から不忍池の弁天堂を通り花の中道を越し湯島天神の切通を登り本富士警察署を右に見菊坂を下り春日町に出る。右折し白山方面に行き急坂を登り小石川植物園に着く。植物園の桜は古木の寿命か馴染みの木が数本無くなった。

小石川植物園は最盛期には裏門が開いていて楽ができるが今日は開いていなかった。早くも疲労に足が重い。門内のいきなりの坂を歩を緩め登り桜の園に目ざとく空いたベンチを探し急いで座る。相変わらず家族連れが多く孫たちを思い浮かべる。薄紅の天幕の下いつもより早起きして女房が作ったお握りとゆで卵と菊坂の越後屋で買った饅頭を食べ英気を増し向島まで行こうかと出発する。行きつく自信は立ち上がった時から無く上野に行きつけば良いと内心は思ている。写真を写せないから余計意気が上がらない。

播磨坂も満開で道路の真ん中の遊歩道は花見の老若男女でごった返している。上り終わると所々見どころの桜を楽しみに道を歩き切れるか心配しながら歩く。

先ずは伝通院。本堂の前の一対が見事だ。駐車場の枝垂れが色濃く目を見張る。次いで沢蔵司稲荷ここのソメイヨシノは一味違う、隣の善光寺の大島桜も良い。

春日町でメトロにするか水道橋から電車にするか女房に問うとリックから杖を出し歩くという。真砂町の坂もきつくなったがカタカタ杖の音を響かせ付いてくる。ガッツが有る。桜木神社が現れると東大も近い。構内の桜も見どころで不忍口から根津に出て電車に乗る。今年も上野近辺でギブアップだ。

過去の桜散歩

小石川植物園の八重桜

小石川植物園の桜

2018年3月15日 (木)

のんびり東大寺散歩

お水取りの前に興福寺を散策し国宝館で懐かしの仏頭、十二神将と阿修羅像を拝観した。下図左の建物が東金堂。この床下から仏頭が見つかった。
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今日13日は東大寺境内でゆっくり過ごす。
奈良公園から東大寺大仏殿までは観光客が多いがその奥は人も少なく好天にのんびりできた。

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大仏殿と南大門の中間真言院の角を曲がるとほとんど人と会わない。
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写真家の入江泰吉さん住居を見ながら直進すると戒壇堂に突き当たる。お水取りの始まりは此処の食堂で試別火で始まる。

鑑真は来日当初は此処にとどまり戒律を教授した。
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戒壇堂からの甍の浮かぶ静かな道。
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勧進所
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大仏殿の裏に回ると講堂跡。
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正倉院も近くに在る。
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更に奥に行くと知足院が有る。土塀が往時を偲ばせる。
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此処の庭にも馬酔木が有り白く清楚だ。
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境内の塔頭の門には新春を迎える注連縄が飾られる。
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二月堂を裏から こちら側の駐車場にもお松明の観覧席が有る。
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注連縄で結界と区分する。
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12日以外に焚かれる松明4kgの物、籠松明は7kg。
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松明が上った登廊。
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燃える松明が上る時は懸命に掃いていたが燃えカスが残る。
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此処の舞台を松明が走る。
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大仏殿方面を望む。高台で見晴らしが良い。
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開山堂に飾られる燃え止しの松明。
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二月堂の隣に三月堂がある。
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三月堂の前は四月堂。
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念仏堂
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道なりに鐘楼を訪ねる。
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行基堂
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俊乗堂
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手向山八幡宮
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時間がたっぷり有ったので春の日差しに2周して時間をつぶした。

氷室神社 春日山の麓に氷室を持ち朝廷に9月ごろまで氷を献上した。
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近鉄奈良に出一服しようと歩いていたら近所の幼馴染に会った。言葉を交わすのは一年に2,3回なのに奈良ですれ違うとは何たる奇遇か!13日午前1時から始まる、お水取りも見学したと言う。全然思ってもいなかったが神聖な行事を見たと聞くと参加しなかったことをチョット後悔した。

今までになくのんびりし自主トレとして十分良かった。

2018年3月14日 (水)

お水取り お松明

お水取りは春=正月を迎える行事だ。古代日本の風習に仏教、神道が混合した。東大寺二月堂の行事は実忠和上が笠置寺で行っていた物が東大寺に伝えられたという。

陰(水)陽(火)は森羅万象の基本で、陰陽が和合し世の中の事象が発生する。新たな陽気が萌えいずるを喜び若水を飲み若水で洗い新生するのを待ち望むのだろう。

古代では各寺で行われていた。現代奈良では薬師寺でも行われている。

十一面観音様に悟りを求め至らぬを懺悔し新生を祈る。懸命に祈る事により自分ばかりでなく全ての衆生に利益が行き渡る。聖武天皇の政治はトップダウンでなく民衆から湧き上がる信仰を期待したという。国分寺もその思想で各地に建立された。

十一面観音悔過(けか)という行法で一ヶ月に渡る。十一人の練行衆が全ての行事を実行する。

別火と言い特別な火を起こし、その火で生活し、お清めをする生活から始まる。

紙着(かみこ)と言う着物を紙で作ったり、はなやかに飾る椿の造花や南天を作り餅を搗き祭壇を飾る。

厳しい修行を一か月に渡り行う。3月に入ると二月堂の舞台を松明が走り回る。12日は籠松明という特別大きな松明が走る。

13日の早朝に二月堂の近くにある閼伽井から神聖な水が汲まれる。香水という。香水と一緒に万病に効くと言われる牛黄が仏壇に供えられる。神聖なお供えに薬が含まれるのは発見だ。若水で新生を牛黄で無病息災をお願いする。

昼間の二月堂 中央の杉は良弁杉。良弁は東大寺開山。
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7時半に松明の行事が始まるが2時間前には上図の右端より更に右に到着し狭い空間はすでに満員。立位でずーっと待つ。寒さが和らいだのが救いだ。堂の下は入れ替えなしの特等席だが我々は右の階段の更に右に待機し2本目の松明が動き出すと階段を上り直ぐに右に誘導され退場となる。

上図左の登り廊下に大松明を運ぶ練行衆の足元を明るく道案内をする松明が見えてきた。案内が2・3度上下してから籠松明が上る。
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上の火が舞台上の火、下は登廊を登る火。
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長い太い竹先の籠松明を空中に突き出しぐるぐる回す。
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静かに退場す。
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左から右に駆け足で7kgの籠松明を移動させる。
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2018年3月 4日 (日)

しまなみ海道から瀬戸大橋

加齢の所為か7年前の手術が原因か?寒さにめっきり弱くなった。旅行どころではない。風邪は項にある風池、風府から頸椎の両側を通り背骨の両脇の筋肉の内側を巡る太陽膀胱経が風又は寒に傷られると悪風悪寒と発熱が起きる。寒さの原因は膀胱の一部を切り取った影響からかは分からない。

2月の下旬に寒いが発熱するわけでもないので道後温泉と金毘羅様のツアーに出かけた。道後温泉は2015年に四国の現存天守見学に行ったとき松山市内に泊まり大雨で電車に乗って道後温泉に出る気も起きなかったので行かなかった。15年の暮れには道後温泉本館は解体すると聞いたが依然営業してるのなら大衆浴場の神の湯には是非入りたいと思った。

50年前業界の全国大会が道後温泉であり風呂でゆっくりし外に出たら袖を引かれたが現在はそんなことは無い。

その時大山澄太氏の「山頭火」の講演を聞き心に残った。心の奥の寂寥感を感じるようになった。

温度は12度と暖かく快適な旅になった。新幹線を福山下車でバスでしまなみ海道を渡る。去年尾道を散歩し千光寺から水道の対岸の大きな向島、因島等を眺め橋で繋がり今治まで通じていると知り来たいと思っていた所だ。

橋の入り口から千光寺方面を望む。
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海と島の山側が入れ替わり見られる景色が楽しい。今治寄りの亀老山展望台より。
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亀老山の日当たりのある方の海。
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島の間を通行する船も多い。
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今治に入ると直ぐに建造物の壁面に加計学園の巨大な看板が現れ美しい景色を一瞬壊した。

道後温泉に到着し早速温泉本館に入浴に行く。柔らかい良い湯だった。

翌朝散歩で撮った道後温泉本館。
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大物主命と少彦名命が葦原中国統一のため全国を回り、この地で少彦名命が過労から体調を壊し大物主命の掌に貯めた湯につかると立ちどころに元気を取り戻したという。少彦名命は一寸法師位の体格だった。二人を祭る湯神社。伊予風土記に記載される。
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伊予一宮の伊佐爾波神社。工事中で見られなかった。石清水八幡宮みたいに本殿の両脇に廊が有る造りの様だ。この石段は金毘羅様に上るウォーミングアップとして上る。110段くらいあった。金毘羅様は785段。
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近くに一遍上人の誕生地に立つ寶厳寺が有る。最近焼けてしまったが鎌倉時代の文献から当時の姿に再建した。
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境内から松山城を望める。
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バスは10時出発で金毘羅様に向かう。瀬戸内海に沿って琴平に向かう。12時過ぎに琴平で昼食となり13時15分から金毘羅様を登る。
金毘羅様は大物主命が住んでいたところに建った。大物主命は水陸の交通から農業漁業、医薬にも技芸にも通じ民は徳を慕い大変住みやすい処だった。
保元の乱に敗れ讃岐に流された崇徳院もお参りをし副祭されている。西行に政治は諦め和歌の道に進むよう強く押された崇徳院だが子の重仁親王を天皇位に付けようと行動し乱に巻き込まれた。
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小学校の同級生に我が町の金毘羅様の跡取りがいて頼る人が多く繁栄している。クラス会には俗と付き合うと霊力が衰えるからか何時も欠席の返事が来る。職業を厳しく追及するのは良いことだ。

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