趣味

2018年6月28日 (木)

北海道東部旅行4(釧路)

4日間移動中や夜間に降雨は有ったが日中は毎日陽がさし恵まれた。気温も二日目に30℃近くになると予報の処、海風が帳消しにしてくれた。最終日最高15℃の予想だったが陽のお陰で下着にブラウスでも汗ばむくらいだった。釧路地方の夏の平均気温は21℃と云う。

釧路泊で9時半出発とゆっくりだ。釧路湿原散策と阿寒国際ツルセンター二ヶ所の見学だ。子供のころから大平原を川が蛇行する雄大な写真を見てきたが俯瞰は出来ない。草原を木道上を歩き全体を想像した。

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現役時代は日帰りしか出来なかったので低山を歩き野草を覚えるようにしていた。日光の戦場ヶ原にも良く行き野草を沢山見たのは今昔の感だ。季節が早かったか花は少なかったが陽に映えた緑と釧路湿原の名に心が弾んだ。

水芭蕉
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ミツガシワ

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ヤナギトラノオ
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カキツバタ
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ワタスゲ
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タヌキモ
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バイケイソウ
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オオヤマハコベ
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広大なワイルドな草原が続きゆっくり見たかったが時間だ。
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エゾセンニュー。
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野生のタンチョウは冬には湿原が雪に覆われ餌をとれないので3ヶ所あるタンチョウセンターに集まる。ここも300羽が集まる。タンチョウは乱獲により数十羽となり湿原奥深く潜んでいたが現在は1500羽程度居るという。車窓から天然のタンチョウが数ヶ所で見られた。

網で囲われたタンチョウの番
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羽を切り飛べないタンチョウ。
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来る前に天気の心配、衣服の心配を過剰にしたが広大な景色と快適な気候に感激した。
羽田に着いたら外気温は31度です。のアナウンスにどっと疲れが出た。

旅行から帰り半月経ってやっと「森と湖の祭り」を読み終えたが重厚なフロンティア精神に富んだ釧路湿原を舞台にした生き生きとした活劇に感動する内容だった。現在不況から脱出しようと努力している北海道が発展しようと活動していた時代の強い若者の良い小説だ。現在、「森と湖のまつり」はアマゾンで最低2600円で出ている。武田泰淳の本は高めに推移しているようだ。

雄大な景色に見とれた4日間だった。

2018年6月27日 (水)

北海道東部旅行3(知床峠野付半島納沙布岬)

今日は宇登呂から釧路迄長距離の移動となる。青い線が行程だ。地図を見ると国後島が大きくあり、納沙布岬からは歯舞群島が近くに在る事が解る。
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8時出発で知床峠に行く。国後島が大きく横たわる。戦争の後遺症は続く。
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ライダーを見て長女の婿殿が院生の時バイクで北海道の西半分を単独行した話を思い出した。道路の両側はハイ松の林でカメラマンはギンザンマシコ(ベニマシコと同類の野鳥)を狙っていたが現れ無かった。見たかったが残念だ。
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知床半島を横断し羅臼に出て野付半島に向かう。波に削られた知床半島の岸壁が土砂となりこの地に堆積し出来た。知床半島と根室半島の中間点の海に飛び出た頼りない突起が野付半島。かつては楢林だったところが地盤沈下で海水の侵入で木が枯れナラワラと呼ばれている。
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野草を見るのを楽しみにしていた。ハマナス。
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千代ハギ
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ノハナショウブ
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エゾウツボグサ
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ウマノアシガタ
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クサフジ
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エゾカンゾウ 海水を含んだ水を吸って精一杯生きている。
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トド松林が海水で枯れた跡はトドワラという。洞爺丸台風の影響が大きかったという。
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高い木道が付いていて湿地を保護しながらの散歩ができる。
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コヨシキリが盛んに鳴く。
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風連湖で一休みをする。オジロワシが目の前を飛んだが撮り損ねた。バスの中からタンチョウの番とヒナを写せたのはラッキーだ。
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他キタキツネ、エゾシカを車窓から見た。ヒグマは見られなかった。
道中馬、牛の牧畜が多い。
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歯舞群島の一つ貝殻島周辺にロシアに漁業料を払い6、7、8の3ヶ月間コンブ漁に行っている。良質のコンブが取れるのだそうだ。船には赤ラインが入りそれ以外の船は行けない。写真の右にある船に赤ラインが入っている。納沙布岬の写真だが灯台は明治5年には出来たという。赤ラインの小舟に一人で乗りロシア領の海に行き目いっぱいのコンブを取り帰る。一人で行動するのはコンブを最大量乗せるためだ。
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北方領土返還を祈願した「四島(しま)の架け橋」戦争は馬鹿なことをした。
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浜中駅からはワザワザ花咲線に乗る計画になっている。30分位の待ち時間があり手持ち無沙汰でいるとツアー客でない人から声を掛けられた。中学生のころから一人旅が好きで特に鉄道に乗るのが大好きだという50歳代であろう人だった。青春18切符や大人の休日俱楽部パスを利用するという。5泊6日の旅だというのに小さなボストンバック一つで慣れたものだ。この線も何時廃線になるか解らないから乗りに来た。未だ日本国中の鉄道を制覇していないという。孫も鉄チャンでお話しできたら大喜びでしたのにと話している内に我々の方の列車が来た。我々は厚岸に先方は根室に向う。隣駅で単線の為根室行きと待ち合わせすれ違った。列車に乗る前から雷鳴が聞こえ車中で雷鳴轟く大雨となったが厚岸に着く前に雨は上がった。雨にたたられる事も有るが今回は幸運が味方してくれる。
雨の中途中駅で一人乗り込んできた重装備の女性がいたがこちらは自然探求家か?旅の楽しみ方は人それぞれ有る。

2018年6月26日 (火)

北海道東部旅行2(摩周湖・知床)

今日は地図の赤い線を行く。知床見学だ。
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二日目は4時50分出発で霧の摩周湖を見学する。温暖化の影響で気温が上がり摩周湖の霧は僅かだった。ガイドさんが幻日が見えると興奮したので小生も高ぶったが珍しいものを見て良かった。

太陽と同じ高さに円形の虹が見えることを幻日と言うらしい。画面中央が幻日。太陽を挟んで左右に二ヶの幻日が見えラッキーだ。右の幻日。
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太陽側の側面が虹色に輝く。左の幻日。
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左下が幻日の反射。雲海の残骸も僅かに見られる。
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摩周湖の反対側は屈斜路湖を含むカルデラで日本一の大きさだ(実は阿蘇よりも大きい。)
屈斜路湖を覆う雲海。
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泊まった川湯温泉は近くの硫黄岳を含む火山地帯による。大した防御もしないで硫黄を採集し被害も大きかったという。
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今日も広い農地を見ながら街道を行く。
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公道でなく農道が特別長く天に登る道に例えられ「天に続く道」という。
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オシンコシンの滝=エゾ松密集地帯の滝の意。
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宇登呂に行きクルーズで知床半島を海上から見る。
船着き場の断崖にエゾカンゾウが咲き競う。
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遊覧船に乗り出航。
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荒れ狂う流氷が岸壁にぶつかり削り取り様々な形を作る。
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乙女の涙と言われる滝。
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象岩
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カムイワッカの滝。此処で折り返す。
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宇登呂を一望するプユニ岬。広がるはオホーツク海。
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砂金が出そうな渓谷を見下ろし一湖を目指す。国民宿舎がありバイクやバイシクルでくる人が多いという。
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池塘が沢山ある平原に知床五湖がある、その一つの一湖見学を木道を通りする。尾瀬や月山に似る。一湖と知床連山。
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ホオジロが鳴く。湿地帯の花と野鳥が目的の一つだが花も見当たらず鳴き声は聞こえるが鳥も見えない。やっとホオジロがなれなれしく人通りの多い木道に現れた。
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今日も天気に恵まれ珍しい景色を見られた。宇登呂泊。

北海道東部旅行(紋別から川湯)

北海道は昭和40年に一度岩見沢とか層雲峡、阿寒方面に行ったきりで見当がつかない。今年は是非と早くに申し込んだがその日は予定の人数に達しないから中止となり変更してくださいとの連絡が有った。気温の平均を調べたり雨のデータを見たり季節料金も参考に6月22日に出かけた。

旅行に当たり予備知識を得ようと本を読むことにしている。今回は歴史は浅いので思いつく本は無かったが高校時代に見た映画で「森と湖の祭り」が有り道東を舞台にしていたなと思いつきアマゾンで110円+送料で買った。本の程度は良い。分厚い細かな字がぎっしり詰まった文庫本は読む気も起きず其の儘にして出かけた。映画の方も全く覚えていない。

直前の天気予報もオール曇りで雨もある。最高気温は20度から15度とある。準備は女房任せだがあれもこれもと大きなリュックを背負いボストンを手にとなった。荷物が多くなるとラッシュに乗れるかと心配し出す。

空港が観光シ-ズンで予定の女満別には行けず紋別となった。正午過ぎに着き女満別付近を通過するのは3時過ぎとなったが予定は回れた。羽田ー紋別は日に一便とのことだ。

空港を出発すると直ぐ広大な麦畑、馬鈴薯畑と牧場が続き広さに多少の驚きを覚える。

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1日目は地図上部の黒い線(オホーツク海海岸線)をバスで行く。サロマ湖、能取湖、網走湖をかすめ摩周湖まで走る。

馬鈴薯畑
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牧場 現在はサイロは使われず巻き草をビニールで包み発酵させ食べさるという。
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3時間くらいかかり女満別空港近くのメルヘンの丘に行く。広い空間に木がアクセントになると喜びを訴えているようだ。
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走れども開拓農地は続く
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麦畑
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雌阿寒岳方面
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数ヶ所街が現れたが人口が2000人から5000人の町で苦労して開拓しただろうに過疎化が進むという。私の貧弱な頭には西部劇に出てくる街が思い浮かぶ。高倉健が過去を隠し牧場で働く映画も有ったがこの広さが必須条件だ。
常呂町もその一つだった。立派なカーリングセンターが有った。平昌オリンピックで銅メダルを取ったカーリング日本代表は藤沢選手を除く全員常呂町の出身者という。
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百名山の二番目に決まったという斜里岳。地元小学生の遠足の場という。
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最終地の裏摩周に行く。霧の多い処で湖面が見えるかが楽しみだとガイドさんに興味を掻き立てられる。美しく見え満足だ。
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雲が有ったが日も差し20℃位の中快適に一日目は終わった。

2018年6月 8日 (金)

隠居したけれど日常の行動と倅の昼食を用意することで自由ではないがメリハリがついている。

子供たちが学校に行っていた頃は肉が中心の献立だった。8時に店を閉めてから女房が駅向こうのスーパ-に買い出しに行っていた。魚を買いたいのだけど日持ちしないからと言っていた。

現在はその頃から偶には買いに行っていた魚屋に25分かけて週二回は行くようにしている。新鮮で安く隣に八百屋が有るので便利にしている。生のワサビを売っていて擦って刺身を付けると殊更に美味くなる。
季節が終わったかウラナリのワサビ。
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朝食用に鮭の切り身やタラコ、ジャコetc栃尾の揚げや冷凍の餃子やシュウマイも買う。メインは刺身と煮魚や鯛のアラや焼き魚用にイサキや鍋用の魚も冬には購入する。クックパッドのお陰で結構おいしく食べている。サバやブリの切り身も勿論買う。金目を一匹買って半身を刺身にし昼食で半身を煮魚で夕食にすることも有る。アジやイワシも美味い。

今日は昼は鉄火丼にし夜はカツオのタタキとアナゴの煮つけとした。今年はアニサキスの食中毒がクローズアップされカツオの刺身などは品薄だ。カツオのタタキは旨い。カツオは2年前は二柵入って500円だったのが去年から一柵500円だ。今日のアナゴは大振りで二人分の大きさで530円だった。脂がのってほくほく美味かった。
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倅が未だ勤めていたころ、飲み屋で刺身を食べ一晩中酷い胃痛に悩まされ翌日胃カメラでアニサキスを確認し、取り除いて良くなったと言っていた。

2018年5月31日 (木)

歯無しの泉

50歳までは虫歯も無かった。ある時食事中に奥歯に違和感を感じ次いで固いものを噛んだ。横並びの歯と歯の接触面が虫歯で欠けたのだ。

それ以来26年間に歯周病で歯が抜けたり、虫歯で根っこだけに成ったり無知無神経と恐怖感で放置の結果、残歯が10本になってしまった。

 

右の下歯がグラグラし抜けた。右の下歯は前歯と親知らずだけになり受診を決意した。歯型を取り2週間待機となっている。

 

2回ばかり欠席した「小はん」の定例会に湯島天神に行った。師匠が出迎えていたので元気と声をかけ健康問題をチョット立ち話した。何らかの異常を抱えている。常連で顔が見えないものが数名いたが病ということだ。皆元気だったのに。

中入り時、廊下で小はん師匠のもてなしの茶碗酒をやりながら雑談し歯がこんな状態だと話したら同級生の二人もずーっと前から入れ歯と混雑した廊下で奥歯を外して見せてくれた。場所を弁えず慰めてくれた友の演技は有難かった。私も入れ歯にし現在左に偏っている咀嚼が左右の歯でかみ合わせが出来れば健康増進をするかと希望を持った。

 

青菜」と「宿屋の富」を堪能し久しく行かなかった新潟酒家で旨い魚を食した。

 

2018年5月24日 (木)

静岡へ

我が家の祖先は江戸時代初期に静岡から流れてきたらしい。親父の代で分家したので我が家には資料は無く静岡のどの辺かは詳しくは分からない。屋号からは遠江で駿府ではないが今回は静岡市内(駿府)を観光してきた。いずれ地理だけでも調べて遠江に行きたいと思っている。

静岡駅から日本平に直行し、久能山の東照宮を見学する。家康が駿府で亡くなり久能山に埋葬し、芝増上寺で葬儀を行いその後日光に神として祭れと遺言した。東照宮は日光の他、上野、芝と参拝したが日光に次ぐ。

日本平よりケーブルで下る。久能山からは背面の山に妨げられ富士山が見えないのは残念だった。いちご狩りで有名な石垣イチゴの石垣が並ぶ海岸が望める。
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東照宮は綺麗な彩色の神社だ。
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日光とは規模が違うが極彩色で眼を見張る。
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内部の装飾。
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家康の墓所。秀忠に将軍職を譲り大御所として暖かい駿府に隠居しここに眠る。家康は健康趣味で漢方薬、鍼灸を好んで75歳と長寿だった。
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ツアーは慌ただしい。迷子にならないように後を付いて行く。

駅近くに戻り慶喜の屋敷の跡を料亭にした浮月楼で昼食になる。16代将軍になる予定だった昭武が松戸に住み慶喜も度々訪れたので親しみを感じる。
時間をおいて幾皿も出るのでお握りで済ます強行軍の歩き旅行と違い満足だ。慶喜は水戸の徳川斉昭の七男、昭武は十八男になる。浮月楼の名は趣のある池に由来するのだろう。
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次いで普段は内覧をして居ない臨済寺の見学となる。今川家の菩提寺とのこと。人質だった家康が学んだ部屋が残る。
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抹茶と菓子の接待があった。雲水が立ったまま湯を注ぎ立ったまま茶筅を回す。
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次いで文殊菩薩と摩利支天が見守る座禅堂で座禅体験。
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天神の摩利支天像。猪に乗っている。天神の十二神将が護る。アメ横に摩利支天の寺院があり雑踏に在るのを違和感を持って眺めていたが帝釈天や四天王と同じ天神の一人で摩利支天信仰があるのを知った。
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座禅体験。チョット力んだので警策でパチンパチンと活を入れてもらう。
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左が義元公像。 足利家の名門から東海一の弓取りに勢力を拡大するが桶狭間で信長に討たれる。            清々しい雲水達が接待してくれた。
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次いで清水の清見寺に向かう。天武天皇の時代の創建という。現在は臨済宗の寺。此処にも人質だった竹千代の勉強部屋がある。水練、早駆、勉学に励んだ。

山門と境内の間に東海道線が通る。右奥は鎌倉時代建立の鐘楼。
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門前は埋め立て工業地帯になる。巨岩のごろごろする景勝地だったと云う。江戸時代の朝鮮通信使の宿所となった。資料がある。鞆の浦の福禅寺も良い眺めの朝鮮通信使の宿所だった。通信国とは鎖国の時代正式な国交のあった琉球と朝鮮の二国の事だ。
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仏堂
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サツキの綺麗な庭園。隠れた滝の音がする。
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五百羅漢サツキとどくだみの中にある。
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明治天皇も二回程お泊りななった。玉座の間。
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総門の彫刻。
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現在は静岡で括られるが先祖の故郷の隣町を楽しんだ。

2018年4月30日 (月)

リハビリで歩く

何時もの散歩道をリハビリの為再び歩き始めた。4kmでもやっとだ。去年の秋までは週4回は5km歩いていたが5ヶ月のブランクは大きい。

河原に行くと柳が青々と葉をつける。
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川を憩いの場にしている人は多い。野良猫を間にお馴染みさんが話をする。
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今を盛りと咲く花を紹介しよう。スカンポ。ジャワ更紗とはこの色の布の事だろう。
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セキショウの花には白と紫がある。
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クサフジ。フジの様に房の花が垂れる。毎年増え一面紫になる。
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歩き始めたころは数株しかなかったノイバラも随分増えた。
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オニノヤガラ 腐生植物で光合成を行わず他の植物から栄養を貰う。
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ヒナゲシ 花畑で栽培中。未だ花は少ない。
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アメリカフウロ 小さいがハクサンフウロと同じ型だ。
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赤花ユウゲショウ 秋まで大きな面積を占める。
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早くもヨシキリが鳴く 行々子
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キジホロウチの声がする。歩みの前に現れたが急ぎ足で逃げた。
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人もレクレーションを楽しむ。町会の老いも若きもグランドゴルフ。
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野球 赤いアンダーシャツの子は普段は取れるフライを落球。ドンマイ。
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サッカーをする。
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マイカーがこんなに並ぶ。プレイヤーは車で来川。リトルの母は日除け付きのテント内で談笑する。
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サイクリングも多い。結構派手な衣装に隠れて年配者がいる。
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釣り人も多い。
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ジョギング、ウォーキングは沢山いる。何をしても陽の光に映える。
ドローンを飛ばす。
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ウォーターバイク。
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それぞれ楽しんでいる。リハビリで川を歩くのも後二、三日で調子が出てくるだろう。

2018年4月29日 (日)

好天に誘われて

冬の間散歩を怠ていたら術後の後遺症が悪化した。手術した当時は良く歩いていたので骨盤底筋が鍛えられ今に比べれば随分良かった。加齢と運動不足がたたった。

日常の買い物を直線で行けば10分の処を40分かけて行くことにした。

市川方面に向かい昔の青果市場跡を通り過ぎ常磐線を陸橋で越え千葉大園芸学部の正門にたどり着く。
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古木が茂り若葉が美しい。左手を登ると戸定邸だが網で隔てられる。東屋が新設されたようだ。
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網に沿って歩くと大学のフランス庭園に出る。ベルサイユ宮殿の庭を模した。
糸杉も良く似合う。
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中央にあるのは噴水だったのだろう。暑い時だけでも水がはじけるとと思う。
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接してツツジ園が有り盛りだ。きらきらする。
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校舎の間を抜けるとこじんまりした花壇がある。アヤメだろう。
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釣鐘人参に似ているが何だろう?
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コデマリに似るがなんて言う名だろう?

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裏門を出ると坂になり1km位で駅に続く
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ツツジの垣の裏側は昔は赤土のむき出した垂直の崖だったが藤が咲いていた。奥多摩の方で見た景色でアケビが絡んでいれば其の儘だがアケビは無い。
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0,5kmくらい歩き今度は中央公園の坂を上り工兵学校の跡に出る。この花壇は工兵学校の儘の気がする。
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ヨーカ堂の5階の入り口は近く、今日はアジとイワシを買ってタタキとサンガ焼と刺身で晩飯にしよう。

2018年4月23日 (月)

心配したこと。

漢方では古代中国の温暖化もエアコンもない時代の霜降(10月20日頃)から春分(3月21日)に至る以前の気候が寒く寒に当てられ冷えが血管に及ぶ風邪を傷寒といい麻黄の入った薬を使う。麻黄湯とか葛根湯である。麻黄は血の冷えを追払う。

その他の季節は風が表熱を吹き飛ばし体表と血管より浅い処を冷やし中風と云う風邪で桂枝湯を主に考える。

傷寒論一冊が病熱の位置を確認し取り去る方法を精細に論じていて一様ではない。中風と傷寒の間を綿密に記載し傷寒より深い症状も精密に記している。留まっている冷え又は熱をその位置に効く薬で追っ払い正常に戻す。処方の効く位置と冷え又は熱の位置が違うと効かない。

孫は1歳8ヶ月に成るが保育園に行き出し疲れも有るのだろうか4/15熱を出した。38度から39度と高熱を出した。小児科に受診し麻黄湯とアンヒバ座薬(解熱剤)が処方された。
疑問が有ったが25度位の季節外の高温から17度位に下がったので時行寒疫かも知れないつまり暑さに体表の肌が開いた処に冷気が入り込み血管に届いたかと処方された麻黄湯を服したが熱は下がらなかった。

座薬を併用しても解熱はしなかった。一時的に37度5分位になることは有ったが38度39度の高熱が続いた。2日目に口腔から検体を取り検査の結果溶連菌は検出されないから抗生物質は出せない。今の薬を続けてくださいとなった。抗生物質の使用方法が厳密になってきた。

解熱しなかったら休診日を挟んで3日後に来てくださいと指示された。相変わらず38度39度の熱に受診したら白血球が多いので病院に行ってくださいと紹介状を貰った。

病院で検査の結果肺炎の診断だった。抗生物質の点滴となり、適切な診断と治療で一気に軽快に向かった。

安心ではないが病名が解ったので一安心だが随分気をもんだ5日間だった。

我が夫婦が子供たちを育てた折、発熱すると3時間毎に煎じ薬を投与し2回飲んで効かなかったら薬を変え子供達に治験台になってもらいながら多くの事を学んだ。幸い普通の風邪ばかりだったので最短で治った。引退し現在は薬もないし枕もとで様子も見られない。普通の状態ではないと感じながら心配した。

適正な治療を受けられ4日間の入院で元気に退院した。

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